公序良俗と不法原因給付

公開:2025/12/12

Xは、自分の所有する土地甲(時価9000万円)を担保に、消費者金融業者(株式会社)Yから毎月240万円、毎月16万円を返済していたほか、消費者金融から300万円を借り入れ、毎月20万円を返済していた。 2021年1月20日に、Xは、金融業者Yの融資案内をみてYを訪れ、借換えによる債務負担の軽減について相談した。Yは、甲の資産価値に着目をつけて、3000万円をXに融資し、その担保として甲に極度額6000万円の根抵当権の設定を受けることを提案した。その際、利率は年5パーセント、遅延損害金は年40パーセントとし、同年7月20日に一括返済することが約定された。Xは、半年以内に低利のローンに借換えができるとYが説明したことによるが、実際はそのような可能性はなく、YはXを返済不能に追い込み、違約損害金とあわせて根抵当権額(あらましは甲の価値全額)を取得するつもりだった。 その後、融資の実行日に当たる2021年1月25日には、共謀していたZに、Xに対する貸金債権を根抵当権とともに譲り渡した。そして、その後、Yは、Xの貸付金口座に3000万円を調達するためZから同額を借り入れるとし、その担保として根抵当権を譲渡するする必要があると説明し、Xとの間で話がまとまり、2021年7月20日を過ぎても、ZがXに対し、3000万円とその利息および遅延損害金を返済しない限り、根抵当権に基づいて甲の根抵当権を実行するといってきた。 そこで、(1)Xは、Yとの消費貸借契約は無効であるとして、債務不存在の確認と甲の根抵当権の登記の抹消を求めることにした。それに対しYは、Xの主張を争うとともに、(2)仮に消費貸借契約が無効であるとしたときには、Xに対し、3000万円とその法定利率相当額の返還を求めることとした。認められるか。 [参考判例] ① 東京高判平成14・10・3判時1804号41頁 ② 最判昭和30・10・7民集11巻11号1618頁 ③ 最判平成26・10・28民集68巻8号1325頁 [解説] 1 公序良俗 (1) 問題の所在 本問では、X・Y間で、元本3000万円、利率年5パーセント、遅延損害金年40パーセントで2年満期を年とすると消費貸借契約が締結され、その担保として甲について極度額を6000万円とする根抵当権設定契約が締結されている。X・Y間の消費貸借契約が有効であれば、XはYに対し貸金返還債務を負うが、X・Y間の消費貸借契約が無効とされれば、XはYに対して貸金返還債務を負わず、さらに、根抵当権設定契約にも無効が認められればもちろん、そうでなくても付従性の原則により――甲に設定された根抵当権も無効となる。(1)Xの債務不存在の確認と甲の根抵当権の抹消請求は、このようにして基礎づけられる。問題は、X・Y間の消費貸借契約(および根抵当権設定契約)が無効といえるかどうかである。本問では、詐欺取消が認められる可能性もあるが、次の(2)の問題が控えていることを前提とすれば、民法90条の公序良俗違反による無効が認められるかどうかが問題となる。 (2) 伝統的な見解と暴利行為の理論 公序良俗について、伝統的な見解は、公序良俗の秩序を主題とし、具体的には国家・社会の秩序を主題とするという者とがある。むしろ両者を行為の社会的妥当性を指すものとして一括したうえで、裁判例が何を問題とするかをみてきた。たとえば、人倫に反するもの、正義の観念に反するもの、個人の自由を極度に制限するもの、営業の自由の制限、生存の基盤たる財産の処分、著しく射倖的なものという類型化にその代表例がいる。 このうち、本問で問題となるのは、暴利行為である。「個人の財産・経済・無経験に乗じて、著しく過当な利益の獲得を目的とする法律行為は、無効とする」という準則が判例上確立している(大判昭和9・5・1民集13巻875頁)。これは、Ⓐ個人の窮迫・軽率・無経験に乗じたという主観的要素と、Ⓑ著しく過当な利益の獲得を目的とする法律行為がなされたことという客観的要素からなる。 本問の消費貸借契約は、利率が年利5パーセントであり、いわゆる高利契約には当たらない。また、遅延損害金は年40パーセントであり、利息制限法の制限(年2割)を超えるとしても、同法7条により、その超過部分についての無効とされるにとどまる。そのため、これだけをみる限り、Ⓑ著しく過当な利益の獲得を目的とした法律行為とはいえない。 しかし、本問では、Xの窮状と相談に応じて3000万円をXに融資するだけであるにもかかわらず、甲に極度額6000万円の根抵当権が設定されている。これは、不必要かつ過大な担保といわざるを得ない。しかも、半年以内に長期低利のローンに借換えができるという架空の話をして、半年後に融資額を一括返済することが約定されている。これは、Xを返済不能に追い込み、遅延損害金とあわせて最終的に極度額相当額(あらましは甲の価値全額)を取得することをもくろったものである。Yが、共謀していたZに、Xに対する貸付債権を根抵当権とともに根抵当権の実行により、形式上第三者に当たるZに権利を帰属させることで、Xからの苦情の申入れや抗弁を封ずることが意図されたものと推測される。 したがって、本問では、全体としてみれば、ⒶXの思慮や法的な知識の不足に乗じて、Ⓑ極度額に相当する6000万円ないしこれ以上の利益の獲得を目的とする法律行為がなされたとみることができる。これによると、XY間で締結された消費貸借契約と甲についての根抵当権設定契約は、公序良俗に反し無効ということになる。 (3) 最近の見解・保護的公序 最近の学説では、公序良俗違反の類型について見直しが進められ、客観的な秩序の違反に尽きない権利や自由の侵害に当たるものが存在することが指 摘されている。そうした権利や自由の侵害を保護するために、民法90条が用いられる。そのため、この場合の公序良俗は、「保護的公序」と呼ばれ、当事者を相対的に保護――保護されるべき者の権利や自由の侵害を受けた側の無効を主張することを認める――とされる。 本問で問題となっているのは、Xの財産権の侵害を目的とした行為であり、この意味で民法90条の保護的公序の典型に当たる。したがって、Xは、消費貸借契約と甲の根抵当権設定契約の無効を主張できることとなる。 2 不法原因給付 (1) 問題の所在 不法原因給付、法律行為が無効である場合の帰結として「無駄な回復」の回避を図るための制度で、民法708条(不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受領者についてのみ存したときは、この限りでない)が規定されている。この場合には、不法原因給付は、法律行為が無効である場合の原状回復義務(121条の2第1項)、法律行為が無効である以上の不法性の程度の高い場合にのみ、この給付の返還請求を認めない。不法原因給付が認められると、その給付については不当利得の返還請求もできなくなる。 これによると、以上のように、XY間の消費貸借契約が公序良俗に反し無効であるとするならば――もしXがこの無効を主張するとするときには――、(2)YはXに対し、原状回復として、交付した3000万円とその法定利率相当額の返還を請求することができるはずである。 このように、民法121条の2第1項により認められる原状回復は、不当利得の返還請求であることから、この場合にも、不当利得に関する規定として、民法708条が適用される。したがって、この場合のYからXへの「給付」が、民法708条の「不法な原因のためにした給付」に当たるとすれば、Yの返還請求は認められなくなる。問題は、この場合のYからXへの「給付」とは何であり、それが「不法な原因」のためにされたといえるかどうかである。 (2) 不法な原因 まず、不法原因給付の制度と「不法な原因」の意味を後述しておこう。 民法708条が、不法な原因のために給付をした者はその給付したものの返還を請求することができないとするのは、「不法を助長した者は法的救済を求めることができない」という考え方に基づく。自ら不法なことをしたことを理由として法的救済を求めることそのものは、法の自己否定であり、認めることはできないと考えるわけである。 もっとも、「不法な原因」により給付が行われた場合に、給付者の返還請求を否定すれば、不法な結果が存続することになる。そのため、支配的な見解は、「不法な原因」を限定して理解する。具体的には、ここでいう「不法」は、倫理的非難性の強い公序良俗違反の一類型――判例によると、「その社会において許される限度を超える」場合(最判昭和37・3・8民集16巻3号500頁)――に限るべきであるとされている(倫理的非難説)。これは、本来なら不当利得返還を求持すべき者から救済の可能性を奪うためには、その者に強い非難に値するような特別な可能性があるという考え方から基礎づけられる。 本問に関していえば、Yのした行為は、実質的にはXの財産を収奪することを目的とした行為であり、「その社会において要求される倫理、道徳を無視した無慈悲なものである」ということができるだろう。 これに対して、最近では、「不法な原因」が何であるかは、法律行為を無効とする根拠(無効根拠)の目的によって決められるべきものであるとする考え方が主張されている(規範目的説)。法律行為を無効とするだけでなく、不当利得返還請求まで否定すべきかどうかの判断は、無効の目的に沿って決まるべきである。この場合に、不当利得返還請求まで否定すれば、権利者は自己の財産を失うことになるため、そうしなければ無効規範の目的を実現することができない場合に限るべきであるとするわけである。これによると、何が無効規範の目的であり、そこからどこまでのことが要請されるかが決め手となる。 (3) 給付の意味 次の問題は、そこで何が「給付」に当たり、その返還請求が否定されることになるかである。本問では、消費貸借契約のような双務契約が無効とされる場合に、何が「給付」に当たるかが問題となる。 同じく賃貸借契約のうち、賃貸借契約の場合は、賃貸人から賃借人に対してなされる「給付」は、賃借物を使用収益させることである(これが「不法な原因」によるものであったときには、その「給付したもの」のまま一定の期間賃借物を使用収益させたことを金銭に換算した価額(賃料相当額)の返還請求が否定されることになる)。それに対して、賃借物そのものは、「給付したもの」に当たらない。賃貸借契約によって、賃借人が賃貸借物の所有権を譲渡するというものではないからである。したがって、賃貸借契約が締結される場合には、それが「不法の原因」によるものであったとしても、賃借物そのものの返還請求は妨げられない。 消費貸借契約についても、同じように考えるならば、「給付したもの」とは、一定の期間元本を利用できたことである。本問でいえば、実質の実質では2021年1月25日から実際に返還するまでの間元本3000万円を利用できたことであり、法定利率5パーセント(404条2項)で計算したその利息相当額がこれに当たる。それに対して、元本そのものは、「給付したもの」に当たるはずはない。そうすると、たとえ、「不法な原因」に当たるとされる場合でも、元本の返還請求は妨げられないこととなる。 ここで、仮に元本の返還請求まで否定すべき場合があるとすれば、それはやはり無効規範の目的によると考えられる。 たとえば、高利貸契約の一生に1回も関係したAが儲けを利用して生活費を遊興費に充て、Bが700万円、Bが500万円の借り受け、代わりBがCのもとで遊興費として働き、その際の半額の返済にTがBのもとで遊興費として働く場合――その際に、Tが消費貸借契約を無効とし、その返還請求まで否定しなければ、その利益を保護しようとした元利の充当目的を達成することができない場合には、民法708条の趣旨により、元本の返還請求も否定されることが要請される(参考判例②参照)。 しかし、本問の場合、甲に設定された根抵当権は無効とされれば、Xの財産が保全される。それとは別に、元本の返還請求まで否定しなければ、Xの保護が不十分というわけではない。それにもかかわらず、元本の返還請求まで否定する ことを正当化しようとすれば、たとえば、このように他人の権利を侵害しようとした者から元本をいわば没収することにより、同種の行為を抑止するとともに規範の目的に含めることが考えられる。問題は、民法90条および民法708条にそのような目的を認めることが適当かどうかである。 関連問題 A会社は、無尽蔵講に該当する事業を開始し、新規の会員から集めた資金を先に会員となった者への配当金の支払に充てていた。 これに、Yは、A会社に800万円を出資金として支払いをしたが、社長が3000万円の不正な支払を受けたが、その後、A会社の事業が破綻し、破産するに至ったため、約4000名の会員は、出資金を支払ったものの、配当金を受け取ることができなかった。そこで、Yは、A会社の破産管財人Xは、破産手続の中で役員をA会社の管理をすることを目的として、Yに対し、配当金と出資金の差額2200万円の返還を求めた。認められるか。 参考文献 難波譲治・リーマークス29号(2004)10頁(参考判例①の判例)/ 川角由和・リーマークス28号(2004)10頁 / 稲垣孝・ジュリ1494号(2016)78頁(参考判例①の解説)/ 大杉・平成26年度重判79頁(参考判例③の判例) (山本敬三)

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民法94条2項類推適用とその限界①

公開:2025/12/12

Xは甲不動産を所有しているが、Xの妻であるAは、2017年5月、Xの実印・印鑑登録証明書・甲に関する登記識別情報を無断で持ち出すなどして、甲につき、X-A間の贈与を原因とする所有権移転登記を申請した。Xは2019年3月ごろこの事実を知り、Aを非難したが、Aと夫婦間にあったことや、抹消登記手続のため時間と費用がかさむことなどから、甲をA所有名義で登記されたままとしていた。もっとも、Xとしては、甲はあくまで自己の所有物に属するものと認識しており、Aに譲ったつもりはない。ところがその後、XとAは不仲になり、2022年4月、AはXに対する離婚および財産分与請求訴訟を提起するとともに、甲をYに売却してしまった。所有権移転登記がなされるに至った。YはX-A間の上記事情を知らず、「甲は5年ほど前にAに譲った不動産であり、所有権移転登記も済ませている」旨のAの言を信じて甲を買い受けた。 そこで、XはYに対し、甲に関する所有権移転登記の抹消登記手続を求めた。Xの請求は認められるか。 参考文献 ① 最判昭和45・9・22民集24巻10号1424頁 ② 最判昭和45・7・24民集24巻7号1116頁 [解説] 1 無権利の法理と不動産取引の安全 本問におけるYの請求の前提は甲の所有権に基づく妨害排除請求となるが、X-A間の贈与の不存在・Aの無権利が確認されれば、原則としてYは甲の所有権を取得することができない(無権利の法理)。YがA所有名義の登 記を信じて取引したとしても、不動産登記には公信力が認められていないため、ただちにYがXの請求を拒めるわけではない。 しかし、不実登記につき真に責任があるといえるような場合であっても、Yには保護されず、第三者の取引安全が不当に害され、第三者ではない。それでは、どのような場合にいかなる法的根拠に基づいて、第三者は保護されるであろうか。 2 民法94条2項類推適用の意義 判例は、不実登記すなわち虚偽の外観の作出・存続が真正所有者本人の意思に基づくと言えるような場合に、民法94条2項を類推適用して善意の第三者の保護を図っている。その趣旨は、①登記に公信力が認められておらず、人の静的安全に対する配慮が強く求められる不動産取引においては、不実登記の原因・経緯を問うことなく一律に第三者を保護するのではなく、その作出・存続につき本人の意思関与がある場合に、本人にその責任を負わせて善意の第三者を保護するという解決が衡平に沿っている。②、同項の趣旨は、虚偽表示によって権利外観を作出した本人の帰責性に対し、これを信頼した第三者の取引安全を図ることにあり、上記①の価値判断に整合するという点にみいだされている。わが国では、このような同項類推適用が、登記の公信力に代わる補充的機能を果たす判例法理として確立されている。 3 民法94条2項類推適用の要件 それでは、具体的にどのような場合において民法94条2項類推適用が認められるのであろうか。問題は、不実登記に対する「本人の意思関与」をいかにどのようの評価すべきかである。判例の法理の基礎を確認しよう。第1に、本人と登記名義人間の通謀あるいは登記名義人の承諾がなくても、本人が自ら不実登記を作出した場合(外形作出型)には、民法94条2項類推適用が認められる。これは、同項によって本人が真実の意思に基づいて外形を作出した場合も認め、過誤または登記名義人の不知の有無は重要でないという理解に基づいている。 第2に、本人に無断で他人が不実登記を作出した場合(外形借用型)であっても、本人が事後的に不実登記の存在を知りながら、その存続を明示または黙示に承認していた場合においても、民法94条2項類推適用による第 三者保護が拡張されている。このことは、少なくとも不実登記の存続が本人の意思に基づくものと評価しうるときは、自ら作出した場合に準じる事が可能性が認められるのである。本人が事後的に承認という事情を重視すればそれにされたことによっては別途不都合な評価をしないという評価を基礎としている。 4 民法94条2項類推適用の限界 この説は、民法94条2項類推適用の「本人の意思関与」を広くとらえていこうという問題意識は、虚偽の外観が作出・存続したことについての「本人の意思関与」を広くとらえ、権利保護要件につき虚偽表示に加わるなどして積極的に作出に関与する行為を意味すると解する。上記②に、本来の「虚偽表示」も、「知りながら」故意で虚偽の外形を作出したことであるから、心裡留保よりも、わずかの瑕疵でも該当すればただちに承認ありとみなされるのか。それとも、長期の放置あるいは、不実登記の存続を許容するような積極性が加わることが必要とするのか、学説は分かれている。 この点については、①虚偽表示に準じる意思関与とは何を指すかによってどのように解釈すべきか、②民法94条2項の類推適用をどこまで維持・尊重すべきか、その本来適用から新たな法律関係が形成されたものとして、割り切ってゆくか、③不実登記に対する承認の正当化・有責化の判断として何が求められるかという判断をどの程度重視するか、④本人の要件を緩和することのバランスという観点から、第三者に無過失を要求すべきか、といった問題が関連してくる。 本問では、XがAに甲を譲渡するつもりがないにもかかわらず、4年以上にわたってA所有名義の不実登記を放置していたことをもって、所有権ポイントを失わせるのに十分な意思関与ないし帰責性があると評価できるかがポイントとなる。さらに、Y側の要件につき、A所有名義の登記の存在とAの説明を信じたYに過失はないとまでいえるか、Yは保護されず、Aの無断譲渡について特に疑念を抱くべき事情がうかがえない限り、A所有名義登記を信頼したYは特別な確認調査義務を負わないので、いずれも、無過失要件の要否につき、その具体的な意義についてあらためて確認する必要があろう。 5 民法177条との関係 民法94条2項類推適用が、不動産取引安全のための法理として重要な役割を担うようになるにつれて、同法177条との関係が問われるに至っている。同法94条2項類推適用における「不実登記の承認・放置」は、その権利化を図る一方、同法により、「真実権利者としてなすべき登記の懈怠」との区別が微妙となる。同法によっても、第三者の要件に関して背信的悪意者非悪による調整が重要な機能を果たすに至り、「権利者の登記懈怠に対する非難可能性」と「第三者の取引態様の正当性」に関する衡平かつ柔軟な判断が求められる結果、両者の判断枠組みが接近しているように見受けられるからである。同法94条2項類推適用において、第三者に権利保護資格要件として登記を要求するという構成を採用すればなおさらである。 その意味において、民法94条2項類推適用の限界づけは同法177条との機能配分にも関連する問題といえる。同類型の問題において、両者には使い分けるとしても、「不実登記の承認」と「真正登記の懈怠」を「善意者保護」と「背信的悪意者排除」、「特別なる第三者保護」と「登記による一般的解決」などに関する異同に留意しながら、どちらによる解決が妥当なのかにつき、より具体的できめ細かな判断が求められるといえよう(→本書78参照)。 関連問題 Xは自己所有の乙不動産につき、2022年2月、不動産業者であるAに売却し(以下、「本件売買契約」という)、所有権移転登記が経由された。Aは売買代金を支払っていなかったが、XはAを信用して上記登記手続に協力していた。ところが、Aははじめから代金を支払うつもりはなく、資力および支払意思を装ってXから乙を収奪する意図を有していた。同年4月ごろになってAの意図に気づいたXは、ただちに本件売買契約を取り消す旨をAに通知したが、乙の登記名義の回復等について専門家に相談しようと考えているうちに、まもなくXはYに対して、乙をYに売却し、所有権移転登記がなされてしまった。 XはYに対して、乙に関する所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができるか。 参考文献 中務嗣治郎・争点65頁 / 野上裕介・百選Ⅰ 44頁 (武川幸嗣)

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民法94条2項類推適用とその限界②

公開:2025/12/12

Xは、自己所有の甲不動産を賃貸して収益を上げようと考え、以前より不動産取引につきXの相談に乗っていた知人のAに、甲の賃貸・管理を任せることとした。Xは、2021年12月ごろ、Aから甲に関する登記識別情報の提供を求められ、これに応じた。またその翌月には、XはAから実印と印鑑登録証明書を交付するよう指示され、それらを渡す際にAに理由を尋ねた。なお、XはAを信用していたため、特にそれらの使途を問うていなかった。さらにその翌月、XはAから、甲をAに売却する旨を記した売渡証書を提示され、内容を確認せずに署名し、登記申請書にAがXの実印を用いて押印するのを漫然とみていた。Aは甲につき売買を原因とする自己名義の所有権移転登記を具備したうえ、2022年4月、甲をYに売り渡して所有権移転登記手続も行った。Yは甲を買い受けるに当たり登記簿の記載を確認したものの、Aが甲を処分する事情については特に説明を求めなかった。 Xは甲がY所有名義で登記されているのに驚き、Yに対して所有権移転登記の抹消登記手続を請求した。これは認められるか。 [参考判例] ① 最判昭43・10・17民集22巻10号2188頁 ② 最判平15・6・13判時1831号99頁 ③ 最判平18・2・23民集60巻2号546頁 [解説] 1 民法94条2項類推適用(権利者型)の限界 民法94条2項類推適用が認められるには、外形自己作出型はもちろん、 外形他人作出型であっても、不実登記が本人の承認に基づいていることが要求される(外形意思対応型)。それでは、①本人が作出した虚偽の外観が利用(例:虚偽の他人名義の仮登記)に対して、さらに他人の行為が加わって不実登記が行われるに至ったとか、本人はそれを知らなかった場合(同意意思非対応型)、②本人が他人を信用して交付した重要書類等が濫用されて不実登記がされた場合など、「不実登記の原因・基礎の作出」への本人の関与があるとされる場合(外形参与型)はどうであろうか。このような場合、不実登記それ自体は本人の意思を反映しているため、これを通じて権利関係を築いた第三者が現れたとしても、もはや虚偽表示規定の類推適用によってその保護を図ることはできない。 そうすると、こうしたケースにおいては、不実登記に対する本人の帰責性が権利を失わせるほど大きいとはいえず、第三者を保護すべきではないと解すべきであろうか。 2 民法110条との適用による第三者保護 この問題につき注目すべきは、表見代理、特に民法110条における取引安全のバランスである。①本人が信用して無権限者処分の原因・基礎を作出している点、②そのことによって本人の意思を逸脱した処分行為が行われた点に、同条との類似点が見いだされるからである。もっとも、③本人が代理による代理権授与があるとは限らない点、④無権限者処分が代理人としてではなく自己名義の処分行為である点において代理とは異なるが、代理人による処分であった場合には、本人が外観の作出にどのような形で関与したとしても、代理権ありと信じるにつき正当な理由があれば相手方が保護されることとの比較において、どのようなときに考えるべきかが問われる。 判例は、無権利者取引における規範の根拠として広く民法94条2項と民法110条の共通の目的を有していると捉え、両者の「注意」または「趣旨の根拠」適用により、このような場合にも善意無過失の第三者を保護する途を与えた。両制度の要求の組合せによるかような柔軟な解決は、同法94条2項類推適用をさらに拡大するために、本人の帰責要件が緩和され、第三者に無過失要件を付加することによって、本人の帰責要件の厳格化および表見代理との均衡に配慮した点に特色がある。 3 民法110条の要件と注意点 それでは、民法94条2項・民法110条重畳適用の要件は民法110条と同一でよいか。両者の適用場面と共通点は何か。この問いに対しては以下の点に注意を要する。 民法110条では、「代理権」に対する信頼保護の当否が問題となるのに対し、民法94条2項重畳適用においては、これに対応するものに関する信頼が保護の対象となる。いずれも信頼保護の外観という点では共通しているが、次のような相違がある。まず、代理人による処分は他人の財産を前提とする取引であるため、代理人の処分権限の有無につき、相手方に高度な調査確認義務が通常ある。これに対し、自己の名義に属する不動産として処分する場合、処分者の所有名義で登記されていれば権利利鑑定が働くことから、処分者の所有権取得につき、その意思形態や処分経緯などから特に疑念を生じさせるような事情がみられない限り、これに対する信頼が正当なものとして評価されやすい。 その上で、ここで問題とされている自己名義の処分において、本人の関与につき、表見代理と同じように、基本代理権の授与あるいは対外的な関係を予定した事務処理の委託で述べるとすれば、結果として表見代理以上に過度に第三者が保護されるおそれが生じる。そこで、第三者の側に無過失要件を付加するだけでなく、本人の要件についても民法110条において要求される関与+αを求めてバランスを図る必要がある。そこに民法94条2項類推適用の要素を加味する趣意がある。 判例は、①不実登記の承認・黙認となった虚偽の外観が本人の意思に基づく場合(不実登記に対する承認はなくても、少なくともその前提となった虚偽の外形作出という意思が認められる場合)、②不実登記に対する本人の関与につき、不実登記に対する承認と同意あるいは程度に重大な帰責性が認められる場合を要件としている。 4 民法94条2項・民法110条本人側の要件 上記2つのについては、本人が他人において登記申請を行うため、登記済証の仮登記申請を行う意思に基づいて他人に登記手続に必要な重要 書類を交付した場合、その他人がこれを利用して自己の名義に登記を為したような場合や、第三者に処分した場合などに該当しよう。 問題は①の設定であるとか、本人に外形の作出の意思がないため、他人を信用して登記手続に必要な重要書類を交付してしまったというだけでなく、不実登記がされた事実について知らなかったとか、主張しない程度に、本人の意思関与ないし不実登記を承認・放置したうえ、さらに、本人の重大な関与ないし善意の内容、自己の不動産が他人のほほいまきに処分される危険の程度、その放置の有無・期間、③売買契約書の作成あるいは登記申請の手続に対する関与の有無・程度などを考慮し、これらを総合的に判断しながら、意思関与に匹敵する非難可能性の有無を評価することが求められよう。本問では、A所有名義登記の作出の過程を通じてXは継続的に重大な関与を行ったようすがうかがえる。それがごく短期間に集中している点などをどう評価するかが問われよう。また、Yにおける場合は、登記の経緯・事情に関する調査確認義務を常に負うか。 発展問題においては、XはAに対して必要な重要書類を交付したものの、不実登記やAへの関与は相対的に継続的とはいえず、不実登記の助長ともいえるが、早急に処分されてしまったため、もっと留意すべき。 なお、判例は、「不実登記に対する意思関与」と「同程度の帰責性」要件および第三者の善意無過失要件について、民法94条2項単独枠内においてもちうる可能性もあるとして、民法110条を併用する必要性につき疑問を提起するものもあり、民法94条2項単独、民法110条との区別は区別は流動的となっている。 発展問題 Xは自己所有の乙不動産を売買代金に充当する目的でAとの間で不動産業者であるAと売買契約(以下、「本件売買契約」という)を締結した。AはXの不動産に無断で乙を建築し、管理経営をしているようにみせかけ、XはAの不動産に無断で乙を建築しようと、印鑑・印鑑登録証明書・白紙委任状ならびに甲の登記識別情報の提供を求め、XはAに聞かれて慌ててこれらを 交付した。しかしながら、Xは事情を確認せずにAに重要書類等を預けたことに不安を抱き、翌日Aに問い合わせたが、Aは巧みな言をいれてXをだました。Aはその後ただちに上記書類等を冒用して登記原因情報を偽造し、甲につき売買を原因とする自己名義の所有権移転登記を経由したうえで、すかさずこれをYに転売して所有権移転登記が経由された。 XはYに対して、甲につき所有権移転登記手続の抹消登記手続を求めることができるか。 [参考文献] 中舎善朗・争点65頁 / 佐久間毅・百選Ⅰ 46頁 / 磯村保・平成18年度重判66頁 (武川幸嗣)

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「法律行為の基礎とした事情」と錯誤

公開:2025/12/12

2022年4月に、美術品の小売業を営むXは、同種の営業を行うYの店舗において、Yから著名な画家Nの筆になる「富岳」と題する絵画をみせられ、Yからこれを180万円で購入する契約を締結(以下、「本件売買」という)、3日後に代金を支払って引渡しを受けた。Xは前々年、Yは10年近く、美術品の取引経験を有する者であり、両者は本件売買の前年も1年半前から互いに美術商として知り合い、これまでに取引をしたことがあった。本件売買の当日、Xは、以前から興味をもっていた画家N筆の「富岳」をYが入手したとの情報を得て、Yの店舗を訪れたのであるが、目当てにしていたN筆の「富岳」は傷や汚れがあったためその購入をやめ、近くに飾ってあった「水仙」に興味をもち、これを購入することにしたものである。その際、Xは、「水仙」についてYに尋ねたところ、Yから、これはMの筆になるものであり、「富岳」と同様、名高い実業家旧蔵の美術品によるものでもあるが、そのほかの問い合わせには応じず、購入を決意したのであった。ところが、その後、この絵画をXがZに200万円で転売しようとした際、Zの要望により鑑定を依頼した結果、実は贋作であることが判明した。本件絵画は、贋作であれば200万円前後の値がつけられるが、贋作であれば20万円以下の価値しかない。 Xは、錯誤を理由に本件売買契約の無効を主張し、Yに対して目的物の返還と引き換えに代金180万円を返還するよう請求することができるか。 [参考判例] ① 東京高判平10・9・28判夕1024号234頁 ② 最判平元・9・14判時1336号93頁 [解説] 1 Xの考えられる主張 本問では、Xが民法95条に基づき錯誤による取消しを主張して、代金の返還を求めることがまず問われている。本問の事実関係のもとでは、このほか、目的物の契約不適合を理由に契約を解除して代金の返還を求めることも考えられる(後述8)。さらに、Yの詐欺による取消しを主張することも一応は考えられるが、詐欺というためには、Yに欺罔の故意があったことが必要であるところ、本問ではこれは明確にはうかがわれない。なお、仮に本件契約が「消費者契約」に該当する場合であったなら、さらに、消費者契約法4条1項1号に基づく不実告知による取消しの可能性も考えられたであろうが、本問では、XとYはいずれも事業者であるから、同法の適用はない(同法2条参照)。以下では、錯誤に焦点を当てて検討を進める。 2 動機の錯誤の取扱いをめぐる従来の議論 民法95条は、2017年改正民法(以下、「改正前民法」という)95条のもとでの議論を踏まえたものであることから、まずは同改正前の議論を簡単に確認しておこう。絵画の売買において、真筆であると信じて購入したものが実は贋作であったという場合における買主の錯誤は、表示に対応する意思が欠けているわけではないので表示の錯誤ではなく、従来「動機の錯誤」といわれてきた錯誤類型(後述のとおり、改正民法では95条1項2号に基礎事情錯誤として規定された)の一場合である。改正民法95条では、同条の適用を受ける錯誤を「法律行為の要素の錯誤」と規定しているにすぎなかったため、この規定のもとでの動機の錯誤の取扱いについては、多くの議論があった。 (1) 伝統的な考え方:動機表示説(錯誤二元論) 改正前民法95条が動機の錯誤にも適用されうるかについて、起草者は否定的だったようであり、初期の判例にも消極的なものがみられた。 しかし、後に判例は、「動機が表示されて意思表示の内容とされた」という要件の下で改正前民法95条の適用可能性を肯定するようになった(大判 大正3・12・15民録20輯1101頁)。目的物の性状に関する錯誤についても、物の性状は通常法律行為の有効性にすぎないが、表意者がこれを意思表示の内容とし、その性状を有しなければ法律行為の効力を発生させず、しかも取引の観念、事物との常況からみて意思表示の主要な部分をなす程度のものと認められるときは、法律行為の要素の錯誤と解されるべきとされた(大判大正6・2・26民録23輯284頁(売渡証書事件)等)。この考え方は、学説でも通説をなすに至った。 (2) 批判説:錯誤一元論 しかし、その後学説においては、表示の錯誤と動機の錯誤の区別はしばしば困難であること、動機の表示を要求することは動機の錯誤の範囲に合わないこと、取引の安全の要請を重視する動機の錯誤のみならず表示の錯誤においても存在するなどと理由に、表示の錯誤と動機の錯誤の区別的取扱いを否定する一元的な取扱いをすべきだとし、いずれの錯誤についても、相手方の認識可能性、錯誤の重要性、錯誤の共生などの基準に基づいて、改正前民法95条の適用可能性を判断するべきだとする見解(錯誤一元論)が、有力に主張されるに至った。 (3) 新・二元論:改正前民法95条の趣旨排除論 一方、動機の錯誤を、表示の錯誤と区別し、改正前民法95条の適用対象から排除すべきだとする見解も、新たに主張された。すなわち、この見解は、動機が誤っていたことのリスクは本来表意者が負担すべきものであって、このリスクを相手方に転嫁できるのは、動機が保証、条件、動機などの形で合意された場合に限るとされる。それらの合意が認められる場合には、同法の適用によってではなく、それぞれの合意の効力や契約責任などの問題として処理が図られるべきだとするのである。 (4) 法律行為の内容化論 他方、近年は、問題となった事項が法律行為の内容(契約の場合は契約の内容)として取り込まれていたと評価できるか否かにより、「動機」が当事者の合意の対象としてまず契約内容に取り込まれた場合にその錯誤内容化されたことが重要であるとされ、その動機内容化されたことによって改正前民法95条が適用されうるものとする見解が有力に主張され、判例は、動機が表示されたことの表示の式 質的な意味を、新たな角度から再評価するという意味も有していた。 3 民法95条は、従来の動機の錯誤を、「法律行為の基礎とした事情」に関する錯誤(基礎事情錯誤)として明文化した(95条1項2号)。 すなわち、表示の錯誤(同項1号)とは別に、「①表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」を、錯誤の一類型として明確に掲げた(同項2号)。そして、基礎事情錯誤を理由に取消しを主張するためには、「②その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること」(重要性の要件)と「③その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと」(②の「表示」要件)が要件となることを明確にした(このほか、③の規定は、錯誤によるものであったときは無効とはできない規定は、限定されてない)。このうち②の要件は、従来の錯誤を基礎事情錯誤に共通する要件であるが、③の要件は、基礎事情錯誤に特有の要件であり、⑤の要件をどのように理解するべきかが問題となる。 なお、改正によって、錯誤の効果は、改正前の無効から取消しに変更され(95条1項)、善意・無過失の第三者保護規定も新設された(同条4項)。 4 民法における「表示」要件(要件③)と錯誤の要素(要件④) 上記③の要件は、基本的には、改正民法のもとでも従来の判例法理につき展開される理屈を明文化したものである。つまり、改正前民法のもとでの判例で用いられた表現は、必ずしも統一的ではなかったが、動機の「表示」を要求してきたことから、これを捉えて現行民法95条1項2号が規定されたものである。 もっとも、この「表示」の意味については注意を要する。動機の錯誤に関する従来の判例を仔細にみると、動機が明示的に相手方に伝えられているわけではないことがわかる。動機の表示に微妙な違いがあるが、特に契約における錯誤では、「動機表示不足」の下で国際的な問題とされているのは、当該動機が一方の「単なる動機」にとどまらず、当該法律行為(契約)の内容に取り込まれたと評価しうることができ、その上で判断という点を動機と相手に 示していなかった場合に、動機が黙示的に表示」されていた(いわば法律行為の内容になったうえで、両者の通用を肯定したもの)があり(参考判例②)、逆に、表意者が相手に自分の動機を伝えていた場合でも、動機が表示されて行為の内容とされたとはいえないとして、同条の適用を否定したもの(最判昭和37・12・25民集16巻12号2588頁)がある。近時の判例にも、動機の錯誤が相手方に表示されていなかったため、「その動機が表示されて法律行為の内容となった」と認めることが必要であるが(参考判例①)、③の従来の判例は、民法95条が「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」の解釈にも引き継がれることになろう。 5 民法95条2項の「表示」と錯誤の解釈 このような理解の下に、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」と認められるか否かは、当該法律行為の当事者の間では、特に契約の場合には、その表示への信頼の有無の問題であり、契約締結の過程でのやり取りや契約書の定めその他契約に至る経緯、当事者の職業や専門性、当該取引が行われた動機などを考慮し、また、一般的な契約の場合には、契約類型、契約目的、契約内容をも勘案し、当該錯誤を要素に意思決定をなすことの蓋然性の程度、当該契約類型のもつ社会的意義を重視すべきことの要請などを評価し意味もあることであろう。たとえば、判例は、クレジット契約上の信義に誠実に対応する義務を負うものと解したうえで、保証人は、申込者の信用状況について、保証人による錯誤の主張を認めた(参考判例③)。これは、当該契約類型の特殊性を前提に当事者の信頼を調整したものである。 本問においては、17頁(本件)が「水仙」の真筆によるもので、真筆であったことをXが意思決定の基礎としていたと事情が、その後の行動等からうかがえるものの(富士山の見える土地の売買の錯誤)、Yの一方的な動機にとどまるものとはいえず、XY間の売買が「Mの筆になる真筆の絵画」として行われたと解され、したがって、民法95条2項の表示の要件が満たされると認められる可能性が高いといえよう。 6 「表示」要件と錯誤の重要性(要件②) 表意者が基礎とした事情が、「法律行為の基礎とされていることが表示されていた」という要件(「表示要件」)と、その錯誤の重要性要件とは、相互に関連するものの、別個の要件と捉えることができる。民法では、この重要性要件が95条1項において、「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」という形で規定されている。 改正前民法のもとでも、判例は、「法律行為の要素」という要件について、法律行為の主要部分であって、表意者はこの点に関する錯誤がなかったならその意思表示をしなかったであろうと考えられ、かつ、それが一般取引の通念に照らしても妥当と認められるものというべきとしてきた(大判大正2・10・3民録24巻1852頁等)。民法95条1項は、この判例法理を踏まえ、錯誤と意思表示との間の因果関係要件と重要性要件とに整理したうえで重要性要件を明確に掲げ、その重要性要件の判断において考慮される要素(法律行為の目的および取引上の社会通念)を条文上明確にしたものである。 7 表意者の帰責事由(重過失) 基礎事情錯誤について、上記の③および⑤の要件が満たされている場合でも、表意者に重大な過失があれば錯誤による取消しは認められない(95条3項柱書ただし書)。この重要性の評価を基礎づける事実は、錯誤による取消しを争う相手方が、主張立証すべきもの(錯誤を理由とする取消しの主張に対する抗弁として機能するもの)と解される。 本問のように、表意者X(買主)が絵画等の取引をする事業者であった場合には、購入に際して相応の注意を尽くすべきであって、調査もせずに漫然と買主の言を信じたとすれば、買主に重過失があったともいえそうである。しかし、重過失の有無は、あくまでも他の諸事情を併せて考慮して判断されるのであり、錯誤者が当該取引に関する事業者であったことからただちに重大な過失が認められるわけではない。 また、民法95条3項柱書の重過失抗弁は、表意者に重過失があるときは、相手方の利益を犠牲にしてまで表意者の保護を図る必要はないという考慮に基づくのであるから、相手方に保護に値する利益がない場合には妥当しない。民法は、この点に関する改正前民法の下での一般的な解釈を明文化した。 つまり、たとえ錯誤者が重過失によるものであった場合でも、①相手方が表意者の錯誤を知り、または重過失により知らなかったとき(同条3項1号)、および、②相手方も表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(同項2号)は、表意者はなお錯誤による取消しをすることができる。 8 売主の契約不適合責任との関係 絵画の売買において、真筆であることが契約内容とされていたのに実際に引き渡された絵画は贋作だったという場合は、引き渡された目的物が品質に関して契約の内容に適合しないもの(品質に関する契約不適合)に該当するので、買主は、契約不適合の場合における売主の担保責任の規定(562条以下)に基づいて権利行使をすることもできる。 民法では、品質に関する契約不適合の場合につき、買主の追完請求権(562条)、代金減額請求権(563条)、損害賠償請求権(564条・415条)、解除権(564条・541条・542条)を規定している。 錯誤規定と売主の担保責任規定との関係につき、改正前民法のもとでの判例には、契約の要素に錯誤がある場合には担保責任の規定は排除されるとしたものがあった(最判昭和33・6・14民集12巻9号1492頁(イチゴジャム事件))。しかし、これを、買主の救済手段(当時)の主張を認めた結果と批判し、相互干渉が、瑕疵担保(当時)によって売主の過失を問うことはでき、瑕疵による損害を賠償する責任を負わせるための判例であって、逆に、表意者が錯誤を主張せずともっぱら担保責任に基づく解除や損害賠償請求をするにこれを否定する趣旨までをも含むものではなかったといえよう。しかし、改正前民法95条のもとでは、錯誤の効果が有効とされていたことから、限定的な場合にのみ同条の適用が認められるという考慮があったのかもしれない。 改正民法では、錯誤の効果は取消しとされ(95条1項)、瑕疵担保規定も新設された(同条4項)。一方で、担保責任は、改正民法では債務不履行の問題に組み込まれることとなった。この新しい規定のもとでの錯誤規定と担保責任規定との適用関係は、今後の解釈に委ねられているが、買主は、それぞれを要件を満たす限り、錯誤に基づく権利と担保責任に基づく権利をそれぞれ選択的に行使することができると解すべきである。 関連問題 Y(銀行)は、A(会社)の代表者Bから、Aに対する3000万円の融資(信用保証協会保証付融資)の申込みを受け、Aから提出させた信用保証委託申込書等の書類一式を、Yのビジネスバンキングセンターに送付した。同センターは、同書類に基づいて審査を行い、信用保証協会(X)への保証委託を行うことが適当であると判断し、信用保証依頼書等の書類一式をXに送付した。そしてその後、Xから信用保証書を送付されたことにより、YはAに対する3000万円の融資を実行した。しかし、AがYに返済をしないので、Xが保証債務の履行としてYに弁済を行った。ところが、その後、実はAはYから融資された当時、企業としての実体がなく、BがAの運転資金の名の下に金員を詐取することを企てたものであったことが判明した。Yは、Xとの間の保証契約の意思表示を錯誤を理由に取り消して、Yに対し、弁済をした金額の返還を請求しうるか(東京高判平成19・12・13判時1992号65頁)。 参考文献 山下純司・百選Ⅰ 50頁 / 新堂明子・消費者法判例百選(2010)48頁 / 山本敬三・NBL1024号(2014)15頁、同1025号37頁 (鹿野菜穂子)

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

詐欺・錯誤と消費者契約法

公開:2025/12/12

独身のOLのXは、2024年4月頃、結婚紹介所のウェブサイトを介して知り合ったAの勧誘により、Y銀行から融資(以下、「本件融資」という)を受けて、投資目的で、Aの親族であるB不動産業者が所有する新築マンションの1室・甲を2500万円で購入することにした。Xは株式や不動産への投資経験はまったくなく当初は断っていたが、言葉巧みに説得され、Aとの交際への期待もあっての決断であった。その日は祝祭日で、XとAは喫茶店で会ったが、そこに他のB社員が加わって甲の売買契約の締結の手続が行われ、続いてY銀行に場所を移して本件融資の手続が行われた。締結にあたりAは「甲周辺は、某有名大学の新設学部が開校予定、高速列車も開通するから損することはない」「今ならY銀行の特別金利が適用になる」といい、ローン返済計画と甲の修繕積立金と収支予測のシミュレーション表もみせていたが、大学や高速列車の計画はなく、シミュレーション、特別金利も虚偽であった。甲の購入資金として、Xは頭金として現金200万円を充てる一方で、Yとの間で利息を年率2700万円の金銭消費貸借契約を締結し、この資金債権を担保するために甲に抵当権が設定されているが、甲の担保価値は4000万円(その後の査定では市場価値1000万円)、Xの年収、保有金融資産なども水増ししてYに申告されていた。YとBとは資本関係も提携関係もない。しかし、Y担当者は融資実績を上げたいたので、Bから提供された情報に基づいて不動産購入資金の融資について、Bから提供された情報に基づいて独自に審査することなしに融資を実行していた。 その後、Xは、Aは「デート商法」といわれる悪質商法の常習犯で、女性の交際に対する期待を利用してマンション投資等の勧誘を繰り返していたこと、Bも1年前から各地の消費者センターに苦情 が寄せられていたことを知った。Xは、Bとの話し合いで「今回の甲の取引はなかったこととさせていただき、また、本件融着はお客様とY銀行様との間で結ばれた契約で、当社としてはご相談に応ずることはできません」といわれた。 ローンの返済をしたくないXとしては、Yに対してどのような請求ができるか。また、これに対して、Yはどのような反論ができるか。 参考判例 ① 東京高判平成27・5・26判時2280号69頁 ② 最判平成23・10・25民集65巻7号3114頁 [解説] 1 問題の所在 一見してわかるとおりに、Yに対するローンの返済から解放されない限り、Xは、法的に救済されたとはいいがたい。それに、Xの立場からみれば、Yが本件融資をしなければ、Xの甲への不動産投資自体も、そもそも実現することはなかった。しかし、ここに、すでに周囲の優しさが潜んでいる。「不動産投資」は甲不動産売買と本件融資(金銭消費貸借)という複数の契約から成っていること、そして、Xが不動産投資を決意するに当たって大きな意味をもっていた人は、そのいずれの契約でも当事者となっていない。今日こういった事象は決して稀ではないと思われるが、実は、この問題は一筋縄ではいかない。 XのYに対する請求としては、以下の構成が考えられる。まず第1に、AがXの恋愛感情を利用して、交際への期待を抱かせつつ、不当に高額の不動産への投資を決意させた点に着目して、Xが行ったBとの甲の売買は公序良俗により無効(90条)となり、その結果とすべきYとの間で締結された金銭消費貸借契約も、原因を欠くことになって無効となる、と主張す ることが考えられよう(同条)。 第2に、投資経験のないXに対して、Aは不動産投資のリスクを十分に説明するどころか、虚偽の説明によってリスクを隠蔽していた、と主張する。説明が不十分、虚偽の説明から債務不履行責任に基づく損害賠償請求をすることも考えられるところ(Aには不法行為責任(709条)、Bには使用者責任(715条)を、効果として「真実を知っていればするはずはない」契約を締結してしまったこと自体が損害だと主張して、いわゆる契約締結上の過失を請求)。Xは、こういった問題のある販売取引に融資することで被害を「助長」したとして、共同不法行為(719条)を主張することが考えられるだろう。 そして第3には、Xは、Aから本件融資の前提となる投資のシミュレーションについて虚偽の説明を受けてYと金銭消費貸借契約を結んだ、つまり、第三者Aの「詐欺」あるいは「不実表示」によって、真実を知っていれば結ぶはずのない契約をしたので取り消すというものである(96条2項・95条)。 このうち第1の構成は、甲不動産売買が公序良俗により無効であると認められたとして、そのことをもって本件融資を無効といえるか、いいかえれば、2つの契約の連動性(実質的に密接に関連して一体的にその効力を否定する)、つまり、売買契約の効力否定が融資にも伝播するかを問題とする。しかしながら、XとBの甲不動産売買とXY間の金銭消費貸借とは目的は別の2つの契約である。参考判例②も、個別物品割賦あっせんにおける売買契約と与信契約でも割賦販売法との適用があることをあらためて確認した。本問同様、デート商法で女性がアクセサリーを購入させられていた事案であったが、①販売業者とあっせん業者の関係、②販売業者の与信契約に関する行為の内容および程度、③販売業者の一般消費者の苦情に対する行為についての有無および程度を総合的に考慮して、一体的にあっせん業者の帰責性が問われた上記担当者と相当する特段の事情」がない限り無効にはならない、としたのである。 第2の構成も、似た問題に直面する。虚偽の収支シミュレーションによる投資リスク説明に問題があることが認められたとしても、売買と融資を一体 として扱い、融資責任を問うのは容易ではない(ベイ・7・12・13判タ921号259頁)。基本的には、「金融機関」(金銭消費貸借契約)は金銭を貸し渡し、借主が合意された条件で弁済するという契約であって、その使途の合理性の検討は借主の自己責任で行うべき問題とされていることによる。 ところで、本問は、Xに対して「甲取引はなかったことにする」との申出をしている。しかし、そもそも甲不動産取引は当事者間で有効に締結されているので、クーリングオフが可能な8日間で、現在の状況に影響を及ぼしがたい、というものである。そこで、以下では、Aの行為を法的にどう位置づけられれば、XY間で締結された金銭消費貸借契約の効力を否定することができるのかという、第3のアプローチを中心にみていく。 2 代理人詐欺の可能性 Aは、本件融資についても架空の特別金利や虚偽の収支シミュレーション表をXに提示し、Yの融資実行に影響を及ぼすXの信用力、担保価値について虚偽の申告をしている。AはBの従業員であるから、これらAの行為はBの業務の一環という評価は可能であるが、これをYに及ぼすことはできるが問題となる。仮に、Yから、B社あるいは個人Aに対して、本件融資契約の締結について代理権を授与されていたという事情があれば、AないしBの相手方Xを欺罔して契約を締結させた行為は、Yが自ら行ったものと同視され、Xは意思表示を取り消すことができる。この場合、本人がYにこれらの事情について知っていたか、または知るべきであったか(重過失・有過失)は問題とならない(101条1項、大判明治39・3・31民録12輯492頁)。 とはいえ、YはBに融資媒介の依頼をしていたとしても、B(およびその従業員)に法律行為を行う権限を付与したものではない。これを代理行為と考えると、B・Y間には代理権を授与する意思も基礎的な法律関係もなかったことから、Xが代理権授与を立証することは困難も予想される。 3 第三者の詐欺・不実表示によってした意思表示 (1) 第三者詐欺による取消しの可能性 第三者Bによる詐欺によってXは、相手方Yと融資契約を締結する旨の意思表示をしたとすればどうであろうか。第三者詐欺(相手方以外の者が詐欺)により、Xは、Yがその事実を知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる(96条2項)。 ここで、2017年改正民法96条2項では、相手方が詐欺の事実を知っていたときに限り、意思表示の取消しを主張できると規定していたが、相手方への主観的要件が緩和されている。これは、真意でないことを表意者が知ってなす心裡留保(いわば表意者が悪意)で、第三者の詐欺・不実表示によって、真意ではない意思表示をさせられてしまうため、意思表示の有効性を問題とし、真意でない意思表示としてしまった表意者と相手方との利益のバランスをとる目的としてXが相手方の保護の要請が後退し、相手方に過失があった場合にもXは保護が保障される。 (2) 第三者の不実表示によってした意思表示と錯誤 ところで、「詐欺」の要件としては、いわゆる2段の故意(人を騙して錯誤に陥らせ、その錯誤に基づいて意思表示をさせるという故意)が必要であるが、欺罔行為、因果関係の要件があるところ、特に故意の立証が難しく、詐欺による取消しが認められない場合も多い(消費者契約法の立法趣旨でもある)。そこで第三者の「詐欺」ではなく「不実表示」を構成することで対処も検討しよう。 「不実表示」は詐欺と錯誤の中間で、改正前の民法にはなかったものであるが、特に「動機」の錯誤が成立することが困難となることから、意思表示の内容となっていた「法律行為の基礎とした事情」(95条1項2号)につき、表意者の錯誤の取消しを認めることが規定された(→本書84・91参照)。事実、相手方によって誘発されている点で、 「基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」で、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」であれば、取消しが認められる(同条1項2号)。つまり、「動機の錯誤」要件の中に「不実表示」を組み込むことは可能であろう。 そのうえで、第三者による「不実表示」により意思表示が錯誤に陥り、相手方がこれを知りまたは知ることができた場合でなければ、相手方が善意で重過失がないこと(95条3項1号・2号参照)。本問では、XはBの不実表示により錯誤に陥っており、また、Yの担当者は融資実績を上げるため、Bが利用していたYのXの返済能力の担保価値に関する虚偽の情報を知り得たといえるであろう。では、Y・A・Bの同趣旨であり、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する判断を左右する情報に、Bも1年前から各地の消費者センターへ苦情が寄せられていたこと、消費者との間で問題となる場合、Yは、その調査が困難であることをもって、YはY銀行として本来なすべき審査を怠ったことをもって、A・Bの不実表示をYのXへの融資実行を決定する情報として利用している。 4 消費者契約法による保護:「媒介」の委託 消費者契約法による保護は、消費者と事業者の間に、情報力と交渉力に構造的な格差があることに鑑み、消費者の意思決定を、民法の詐欺・錯誤よりも拡大された要件のもとで取り消すことを認めている(同法1条・4条・5条)。ただし、本件融資は「事業として又は事業のためにする契約の当事者」となる場合には該当しないので(同法2条1項・2項)、Y銀行は「事業者」に当たるが、Xは「消費者」に該当しないので、消費者契約法の直接の申込みまたはその承諾の取消しを主張することも考えられる(同法4条・5条)。 他方で、たとえば、地主Zに対してB社が、同じように消費者に「地主を運ばせてほしい」と持ちかけ、B社が地主から一括で借り上げて、テナント探しなどの面倒な賃貸業務はすべてこちらでやり、地主が本社にあなたの支援は空室のあることを心配せずにおまかせします」と勧誘されて、不実告知を信じてサブリース契約を締結してみたものの、実際にはYのへのローンの負担が残る………という場合はどうだろうか。問題の構図はほぼ同じであるが、地主の事業の一環で結ばれた契約であるから(消費者契約法2条2項)、ここには消費者契約法の適用はないことになる。 Xが消費者契約による救済の可能性があるのは、媒介の不実告知を理由に意思表示の取消しが問題となる場合である(消費者契約5条)。そこでは、相手方の故意・有過失は問題とならない。本問で「媒介」にあたるか否かは、AからYB間に提携関係はないこととあって微妙であるが、甲契約の紹介を信頼したY銀行である。本件融資の手続に基づく取消しのもう1つのハードルがあるが、参考判例①は、「事実と異なる」が、「将来における変動が不確実な事項」である(同法4条4項)判決に基づく不実告知を理由とする取消しは、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事実と異なる」が、「事業」で要求される、それによれば、消費者契約の「内容」や「取引条件」であって、その「重要事項」は、同条5項で要求されている。それによれば、これは媒介には含まれないとされており、かつ、そのような動機のために重要であると判断された事情についても、消費者の「重要な利益」を上回る経済的利益もないのに「有利な」取引を回避するために認定されるべき事項といった事情について誤認させるものではなかったか。 また、2018年に改正された消費者契約法上の経験の乏しさを恋愛感情に乗じ、 契約を締結しなければ関係が破綻することになると告げ、Xを「困惑」させて契約を締結させた場合についても、消費者契約法4条3項1号)。この構成では、「重要事項」の幅は問題とならない。 次に、発展問題におけるXは、自らが契約の取引条件を誤って理解していたところ、その錯誤と不満足を状況に陥っていた。ここでは、Y・X・Zが積極的に誤認を認定せねばならず、Xの誤認を、しかもどういう形で契約に関する誤認と評価できるかが問われよう。ポイントは、どのような事実に関する誤認を以て「重要事項」に関する誤認と評価しうるか(95条2項)、また、⑧の不告知(消費者契約4条2項)とりわけ⑨が「不利益となる事実」をどう考えるか(同条3項・5項)である。 後者は、消費者契約の目的となるものの「内容」や「取引条件」であって、その消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべき「重要事項」は、「当該契約を締結する(95条1項・2号)であり、かつ、「当該告知により当該事実が存在しないと消費者が考えるべきもの」とされている(同法2項後段)。その趣旨は、当該消費者の主観的重要性ではなく、客観的、平均的な消費者像を基準に客観的に判断すべきという点にあるが、この平均的な消費者像は「転機動機」の利用であるが、ここにはその利用目的、契約者の「更に」という文言を総合的に考慮すべきである(白鳥事件・東京地判令和元年9月19日)。 関連問題 XはYと生命保険契約を締結していたところ、同じマンションに住むYの定年職員Zと親しくなり、Xから「お隣に入った保険は、1日目から出る保険」と聞いたことが契機となって、保険の内容が保証を見直す「転換」制度の利用に向けた交渉をすることとなった。ここにおいて保険の転換とは、現在の保険契約を利用して新たな保険を契約する方法をいい、現在の契約の積立部分や積立配当金を「転換(下取り)価格」として、新しい契約の一部に充てる方法で、これにより元々の契約は消滅することとなる。 Xが転換契約の制度を利用した背景には、3年後には更新を迎えるが保険料が月額1万7600円から1万7800円にまで600円まで上がること、また、保険の転換(下取り)価格が下がると、それが高い時点で保険内容を見直し、保険料の負担を低く抑えようというYの営業職員の説明を信頼したことにある。 Xは、Yから「①~③までの事実を告げられ、④~⑥までの事実には告げられていない。Yの勧めるまま、転換制度を利用して、旧契約を終了させ、新契約を締結した。 ① 新契約では入院給付金が1日目から出ること ② 補償内容はほとんど変わらないこと(死亡時に受取れる死亡保険金額が3400万円であるが、新契約では3200万円) ③ 保険料は若干下がるだけであり(旧契約では月額1万7600円であるが、新契約では月額1万2200円) ④ 新契約は旧契約を転換するので、旧契約の保険料は既に元に戻ることはない ⑤ 転換後の新契約の保険料は、当初7300円であるが、差額が上乗せされるため200円になっていること ⑥ 新契約では、契約に失効した保険契約や特約更新制度特約が、入院保障の最大日数を60日とすることになっていたな ど、保障内容が大幅に縮減されること。 (6) 実は旧契約の下でも入院1日目から入院給付金が出ることになっており、その後、④~⑥の事実を知ったXは、Yとの間で新契約の取消しを主張することができるか。取消しを主張する際の法律構成と、言及する事実を整理しながら検討せよ。 参考文献 全国進路指導研究会編・民事判例研究会編 民事判例13号(2016)84頁 / ポイント12頁(角田美穂子) (角田美穂子)

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代理

公開:2025/12/12

A社は時計や装飾品を輸入・販売している。Aの商品の内、Aの子会社Bの倉庫で保管・管理され、注文が入ると、Aからの委託に基づいて、Bから顧客に発送されることになっている。その際、Bは長年にわたり、運送会社Cによる運送を利用している。Cは通常の運送サービスのほかに、比較的高価な物品を対象とした宅配サービスも行っている。この宅配便を利用する場合、運送料は通常の運送料よりも割高だが、運送中に運送品が紛失・破損したときには、30万円を上限とした補償がなされない。Bの倉庫事業部長は商品の価格に応じてこれらのサービスを使い分けていたが、コスト削減のために、30万円以上の商品を発送する際にも宅配便を利用することが何回もあった。また、こうしたやり方を、Aの経営者も黙認していた。 Aは顧客Dからの注文を受け、スイス製腕時計1個(時価100万円相当)の発送をBに指示した。このとき、BはCの宅配便を利用して商品を発送したが、その運送の途中、商品が紛失した(詐欺等)。その後、商品はあらためてDに送り届けられた。 この場合に、紛失した商品の価額に関するAからの損害賠償請求に対して、Cはどのような反論をすることができるか。 [参考判例] ① 最判平成10・4・30判時1645号162頁 ② 最判平成5・10・19民集47巻8号5061頁 [解説] 1 法律行為から生じる法律効果の帰属主体 法律行為がなされた場合、原則として、法律行為を行った者、すなわち当該 法律行為を構成する意思表示を行った者が、法律行為から生じる法律効果の帰属主体となる。したがって、契約当事者の契約の効力を主張できるのは、法律行為における相手方に対する関係においてのみである。また、こうした法律効果には、権利取得や義務負担だけでなく、責任制限や短期消滅時効にかかる契約条項の効力も含まれる。その契約当事者間で、債務不履行による契約責任とともに不法行為責任も制限することが合意されていたとしても、当事者は、当事者以外の者からの不法行為等に基づく損害賠償請求に対して、この契約上の責任制限を主張することができない。 2 代理とその要件 一方で、自己との権利関係にかかわる法律行為をすべて自身の意思表示を通じて行うことは、事実上・法律上の制約により、実際に不可能なことも多い。そのため、こうした制約を取り除き、私的自治による円滑な社会活動を促進するために、他人がした自己の法律行為のための手段として、代理制度が置かれている。代理では、本人に代わって代理人が意思表示のやりとりをし、相手方との間で法律行為を行うが、その法律効果は本人と相手方の間にのみ生じる。このように、代理による法律行為には、意思表示の主体と法律効果の帰属主体が異なるので、通常の法律行為と違いがある。 こうした代理行為の例外的な効果を本人に帰属させるためには、法律行為の要件(とりわけ、代理行為の効果が本人に帰属させる旨の代理人の意思)に加えて、代理制度に固有の要件を(99条)、まず、代理人が代理行為を行えるなど、他人の法律行為を容易に侵害できることになる。そのため、代理行為を行える者は、本人の間において適法な代理権を有している者に限定される。こうした代理権には、法律の規定に従って生じる場合(法定代理)と、本人と代理人との法律行為による代理権授与に基づいて発生する場合(任意代理)がある。また、代理権を有する相手方が、相手方は代理人自身を法律行為の当事者とその代理権を相手方に表示し、代理人から代理行為である旨の主張が許されれば、相手方が契約当事者となり、特に債務者が誰であるかについて判断を有利にする相手方に、不利益は大きい。そこで、有効な代理行為のためには、相手方に対し て代理意思の表示(顕名)が必要とされている。この顕名がない場合、代理人による意思表示の効果帰属はできず、代理人は帰属無効を主張することはできず、代理行為の効果は代理人に帰属することとされている(100条本文)。ただし、顕名に際しては、一定の場合に例外的な取扱いがなされる(同条ただし書、50条)。 3 間接代理(取次ぎ)における委託者の地位 以上のような代理行為の要件の充足がないと、委託者の地位が主張・立証しなければならない。この立証がなされれば、ある者が委託者の一定の法律行為を行うことを受託し、委託者の経済的利益の帰属を保全するために、さらに当事者との間で自己の名で当該法律行為(間接代理・取次ぎ)を行う。そして、その法律効果は、委託者の相手方の間にのみ生じ、委託者の法律地位に影響を与えない。したがって、運送品所有者である委託者が運送契約の当事者を訴え、受託者が運送委託の際に受託者に対して支払った賠償を請求したとき、この受託者に受託者が委託のために自己の名において運送人と運送契約を締結したとき、委託者は運送人の責任制限を主張することができる。 4 運送取引の特質 ところで、通常の物品運送取引では、運送人の責任限度に応じて、運送保険と連動させた運送料が設定されるのが通常であり、かつ、その内容を定める運送約款の適正性は、所轄官庁の認可や事業者間の協定などにより担保されている。また、運送契約の引受けは一般に船荷証券などにより担保されている。そうした中で、本問のような運送取引にある責任制限を越えて請求されると、Cは無断で運送契約の約款どおりに責任制限を失う。これでは、Cが引き受けた以上の責任を負わされる結果、運送取引システムのそのものが根底から覆されかねない。さらに、物品運送は荷送人以外の者のために行われることが多い。このとき、運送人の責任を際限なく享受することができ、運送事故の場合に運送契約上の責任制限を回避できることになれば、判例は、裁判例では、運送事故のリスクの分散を困難にすることになる。裁判所の裁判例では、こうした事情を踏まえて、運送事故を容認していた者が、責任限度額を越えて運送人に損害賠償を請求する 義則により否定したものがある(参考判例①)。 5 責任制限の対抗と第三者の保護に関する規定の根拠 問題は、こうした結論を導くための理論構成である。1つには、契約外の損害賠償請求権者による当該運送の否認や同意、このへの責任制限の効力の拡張を求めることを正当化するに足らず、単なる否認や同意は、責任制限の対抗を求めることを正当化するに足らず、このような否認や同意の中に、他人の契約に限る意思を汲みとることも困難である。また、仮にそうした意思が確認されても、その法的位置づけについて不明確さが残る。 契約外の第三者が運送実施を事実上享受している点も重視する見解もある。具体的には、自己の運送目的を達成するために、責任制限を伴う運送を承認して運送実施の利益を享受した者が、運送事故の際に契約当事者ではないことを理由に自身の責任制限の回避を図るなどしながらも、そうした他人が全てを責任制限の回避を図りながら自己の目的を達成しようとする態度、信義誠実の原則に照らして許されないとの主張である。こうした見解に対しては、これが運送取引の領域に限定されるものか、間接代理による取引一般にも及ぶものかのほか、契約外の第三者の要件や根拠を含めて、慎重な検討が求められる。 さらに、運送取引に用いられる約款の特殊性に着目する立場も示されている。これによれば、運送取引約款のように、内容が合理的で、広く一般に普及している約款には、ある程度の拘束力が付与されるべきであるとされる。こうした見解では、そうした効力を認めるための約款の「合理性」や「普及性」につき、具体的基準が明確にされる必要がある。また、この考え方については、運送にまったく関与していない運送品所有者にも運送契約上の責任制限の効力が及ぶことにつながる点が承認されるとすれば、私人の設定した規範に法律と同等の一般的効力を承認することの可否や、その理論的根拠の所在など、より大きな問題もはらむ。 いずれの法理によるにせよ、当該取引領域に固有の事情とともに、私的自治の原則・相対的契約の原則と代理制度との整合性をにらんだ解決が求められる。加えて、直接的な契約関係にない者の間の利害を調整する際には、利害の正当性に関する規範的評価への目配りも必要である 三者間の不当利得に関する議論が参考になる(→本書89参照)。特に、契約中の特約が単なる形式的な合意にすぎないのか、実質的に機能しているのかも、契約の対外的効力を判断する重要な考慮要素となりうる。 関連問題 建築業者AはB建設会社から、C所有の宅地上での建物建設工事を請け負った。B・C間の下請負契約(代金4000万円)には、注文者は工事中断契約を解除することができ、その場合の工事の出来形部分は注文者の所有とする旨の特約が付されていた。A・B間の下請負契約(金員3000万円)では、そのような約定はなされなかった。また、CはAによる一括下請負の事実を知らなかった。 AはBとの契約に基づき、自ら材料を提供して本件工事を行ったが、工事全体の25パーセント程度を終えた頃にBが事実上倒産してしまったため、工事を中止した。この時点で、AはBから下請負代金の支払をまったく受けていなかった。その後、CはBとの請負契約を解除し、Dとの間で、Aにより建設された出来形部分を基礎にした建物建設請負契約をあらためて締結した。Dによる工事完成後、Cは代金全額を支払い、建物の引渡しを受け、この建物について所有権保存登記を経た。 上記の事実関係において、以下の場合につき、AはCに対してどのような請求をすることができるか。これに対してCはどのような反論がどの程度認められるか。 (1) AはBとの契約の間、B・C間の契約に出来形部分の所有権帰属に関する特約が含まれていることにつき、説明を受けていた。また、CはAの工事中止の時点で、Bに請負代金の一部として2000万円を支払っていた。 (2) AはBとの契約の間、B・C間の契約に出来形部分の所有権帰属に関する特約が含まれていることを知らなかった。また、CはAの工事中止の時点で、Bに請負代金の一部として400万円を支払っていた。 [参考文献] 奥田昌道・判時評1661号(1999)31頁 / 武川幸嗣=吉川愼一民事法II 164頁 / 大村敦志「もうひとつの基本民法Ⅱ」(有斐閣・2007)113頁 / 落合誠一 = 商法百選 200頁 (岡本裕樹)

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利益相反行為・自己契約・双方代理

公開:2025/12/12

未成年の子X、母Aは、Xの亡父(Aの亡夫)Bから甲土地、乙建物をそれぞれ相続した。その際Aの依頼を受けて、遺産分割協議を主導した伯父C(Aの義兄)が、甲土地と乙建物の所有権移転登記手続を代行した。その際Cは、乙建物の賃貸管理などを全面的にA・X母子の世話をしてきた。 2022年5月、Cが代表取締役を務めるD会社は、Y銀行から事業資金の融資を受けるに迫られたところ、その条件として第三者による保証を求められた。そこでCに保証を頼まれたAが、17歳であったXの親権者として、甲土地にD Yからの借入金4000万円の担保として抵当権を設定することを承諾し、Cが、Aの了解を得て、契約書の作成および登記手続を代行した。この契約に際して、Yは、当該融資の用途がDの事業資金でありXの生活費などの利益にはならないことを知っていた。Xの身上保証により、Dは、Yから4000万円の融資を受けることに成功した。 やがて上記事業は、成年になったXの知るところとなった。Xは、Yに対して、Aが親権者として締結した抵当権設定契約の効力を否定し、その設定登記を抹消するためには、どのような請求をすることができるか。またその請求は認められるか。 [参考判例] ① 大判昭和7・6・6民集11巻1115頁 ② 最判昭和43・10・8民集22巻10号2172頁 ③ 最判平成4・12・10民集46巻9号2727頁 ④ 最判平成16・7・13民集58巻5号1368頁 [解説] 1 民法108条自己契約・双方代理と利益相反行為 民法108条の自己契約・双方代理の禁止は、代理権の行使をすべき内部的な減縮・拡張(裏表)に、代理人が自己の利益のために代理権を行使した場合であっても、代理権の性質(代理行為の効果を本人に帰属させるため)および取引の安全の要請との間で、客観的・類型的に範囲・内容を逸脱した内部関係(「義務違反」)から、独立した外部関係(「代理権の範囲・濫用性」)から、代理行為の効力に影響を及ぼさない。つまり、代理権の行使には「権限責任」と「信頼責任」の観点からすれば、不適切な代理行為の存在ははなはだまれながら本人への責任を負うべきである以上、濫用リスクを本人が負担せざるを得むやむを得ない。 もっとも、この理由は当てはまらない自己契約・双方代理、すなわち、民法826条が親権者に包括代理権を付与した事例では、とりわけ未成年の子の利益を図るに「反して」と問題となる(後述2・3参照)。 さて、いくら誠実義務が代理人の内部的義務であるとはいえ、本人が代理権を授与された代理人が自分自身を相手方とする「自己契約」と、相手方からも代理権を授与されてその代理人となる「双方代理」(その株主総会を客観的にみて、代理人が自分の裁量で任意に判断できるため、その濫用に対する危険性が類型的に高い。そこで「自己契約・双方代理」という外形的な行為を受けるという意味で、民法108条1項本文は「無権代理」とみなすこととした(不法行為補助)。この113条から117条までの無権代理の規定が適用されるため、本人は追認によるか可能となる。ただ例外的に、本人が、「債務の履行」のための事前・事後の必要がないため(108条1項ただし書)、前者は、弁護士が不動産の売買、売主双方から代理権の履行にすぎない移転登記申請(560条)につき代理権を授与されている場合(最判昭和43・3・8民集22巻3号540頁)がある。 さらに自己契約・双方代理には該当しないが「利益相反行為」である場合 にも、本人の利益保護のおそれが劣ることから、同様に「無権代理」と解することとした。たとえば、2017年改正により民法108条本文が新たに追加したことは、将来負担しうるであろうとの前提にたって、あらかじめ代理人に代理権を授与し、事後的にAが選任された代理人が賃貸人の代理人として賃貸借契約を締結した場合、実質的には自己契約に類似する(参考判例①)。もちろん、いったん包括的に代理権を授与した後で、本人が不利益を被る場合には、民法108条2項ただし書の要件は満たさない。金融商品取引業者に投資信託をすべて任せた場合に自己売買されたものの適正なものであったとして、信頼関係を害するものであったとしても、保証人がその債務につき保証契約を締結する場合も、主債務者が無資力につき保証人の負担となる利益となるだけなので、民法108条2項の適用対象となる。また代理人が自己の配偶者や親族とする代理行為と利益が相反するとする。利益相反行為の該当性について、本人が代理権を授与している場面であれば判断は難しいが、安全に配慮して、民法108条2項本文、当該行為の有効性を前提に無効が判断される。具体例も含めて、民法108条2項の外部判断(後述3)が参照されることになる。なお本問では、債権者(法定代理人A)が会社(第三者)の債務のために甲土地を物上担保に供した行為が(民法108条の利益相反行為)に該当するかが問われ、問題となる。 このうち民法108条では、代理人による利益の抽象的危険性から本人を実質的に保護すべく、1項本文では利益の典型的な「自己契約・双方代理」、2項本文では「利益相反行為」一般について、規制することを想定し、1項ただし書では前者の「債務の履行」と本人から許諾がある行為を許容するのみならず、2項ただし書では前者をそもそも利益相反行為に該当しないとみなす。後者の許諾がある行為のみを許容する趣旨である。なお、民法108条については、不特定多数の者の取引相手方から目的物を転得した第三者との間では、とくに規定され なかったものの、不動産の場合は民法94条2項の類推適用、動産の場合は同法192条による保護が考えられる。 ところで、商業登記簿上はもとより法定代理人の選任(参考判例②③)、遺言執行者の指定の際にも(826条、後見人等に関する860条・876条の2第3項および876条の7第3項も同様)、民法の内には利益相反行為(取引)を規制する特別規定が多数存在する(たとえば信託法31条、会社法上の利益相反取引については、後述4参照)。 2 民法826条の利益相反行為の意義 本問では、Xが、Aの行為は民法826条の「利益相反行為」に該当し無権代理であったと主張することが考えられるが、ここでいう「利益相反行為」とは一体的であろうか。 民法826条は元来、自己契約や双方代理が必要であっても、未成年の子が自ら行う場合には親権者の同意を与えることができないことから、それに代わる特別代理人の選任を家庭裁判所に請求する必要がある。 ところが親権者は、親としての自然的愛情に対する信頼(期待)と子の将来の思惑が客観的に相反し、包括的な財産管理権を授与されているにもかかわらず、早いうちから利益を保護すべく「利益相反行為」を広く解釈し、たとえば相続放棄を促進する(遺産分割協議をすることはできない)。たとえば、親権者が子を代理して相手方とする法律行為であっても子と親権者の利益が実質的に対立する利益相反行為に該当すれば、無権代理となる。たとえば親権者の債務につき子を連帯保証人としたり、不動産に抵当権を設定したりする。親権者が子の連帯保証人になったり、不動産に抵当権を設定したりする。このような民法826条も、子の保護のため利益相反行為の実質的禁止を志向してきた。 3 民法826条の利益相反行為の判断基準 次、「利益相反行為」は、もっぱら子の利益保護の観点から判断すればいいのか、それとも親権者の包括代理権を信頼する相手方にも配慮する必要が あるかの問題となる。 判例・通説は、取引の安全との調和とともに、特別代理人選任という事前手続の法定安定性を要素とする、代理行為の有効性を前提に、その判断基準の外形から客観的に判断する。この判断基準からすれば、①親権者が子を代理して、その財産を売却したり、子の名義で金銭を借り受け子の不動産に抵当権を設定したりする利益相反行為と、②親権者が子に教育費・養育費を目的として無償贈与を目的とする。 このような不合理・硬直性を回避するには、親権者の動機・目的や行為の実質的な効果・結果を総合考慮し利益相反性を判断するべきである。 この方法によれば、利益相反にあたるか否かの判断基準が事後的にしか知られず、相手方の取引の安全を害するため、特別代理人選任により適法な代理権を確保する途が遮断される(法定代理人の選任(民法826条の選任の要請)。 さて本問のように、親権者が自己または第三者の債務のために子の不動産を物上担保に供する場合には、利益相反行為に該当する(参考判例②)。 利益相反行為によれば、外形上は親権者が直接的な経済的利益を得ないものの、たとえば子の不動産に抵当権を設定し、これに伴って返済できれば可能となり、債務の肩代わりや代物弁済の場面で物上担保の提供が生じるおそれがあることから、利益相反性の承認にあたり(参考判例②)。また第三者が、親権者が子の財産を物上担保に供した場合と同様である。これらを踏まえて、DとCおよびAの関係(人的信用供与の基礎とした連帯保証)を慎重に吟味しつつ、外形判断説により(いわばCを介してAの個人営業とみなせるか)利益相反行為と解されるであろうとの判断を前提に、他方、実質判断説でも、親権者が子の利益と何の関係で本件契約を受けた以上、本問でいうXへの利益が明白であったとしても、それ 足らずAが何らかの利益を得ていると評価できるかが判断の分かれ目となろう。 そこで両説の優劣に鑑み、取引安全の保護に優れた外形判断説に従いつつも、子の利益保護に不十分な判断・過誤を克服すべく、利益相反性の判断基準を緩和し「子に不当な不利益を課し、親権者が事後評価する」、危険性に変更して厳格な運用を図ることが考えられる。この基準によれば、親権者が子の財産を担保提供した背景的要因として「(債務者)たる第三者との人的関係」さえ存在していれば、上記危険性、つまり利益相反性は承認されよう。本問ではAが、X所有の甲土地を物上担保に供したことで、自らはCからの心理的重圧はもとより所有する建物の物上保証を免れたわけだが、この要件はどのように評価すべきであろうか。 なお本問で、Aの行為が外見上形式的には利益相反行為に該当しないと判断されたとしても、Xは、実質的にみれば「代理権の濫用」に当たるとし、民法107条により無権代理とみなされることを主張できないだろうか。判例・通説の外形判断説では、民法826条による子の利益保護に限界が生じるため、民法107条の適用いかんが焦点となるが、本解説ではとりあげない(→本巻115参照)。 4 会社法の利益相反取引と民法108条 会社法においては、取締役に対して、会社法330条で民法644条を準用して善管注意義務を負わせ(判例・通説によればその具体化として会社法355条で忠実義務を課す)、取締役(つまり厳格な意味での会社の代理人である代表取締役に限定されない)が会社の重要な決定に関与する地位(いわばその影響力)を利用して会社の利益のもとで自己または第三者の利益を図るのを予防するため、会社法356条1項2号・3号は、特に取締役と会社との「利益相反取引」について、取締役は事前に株主総会(取締役会設置会社の場合は会社法365条1項により取締役会)において「重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない」として手続的に規制する(会社法419条2項・428条2項・595条・651条2項も参照)。一般法人法84条・197条は同様の規定を置く)。この利益相反取引の規制対象には、取締役が直接、会社から財産を譲り受けたり金銭の貸付けを受けたり あるいは第三者の代理人として会社と取引をする(「直接取引」)(会社法356条1項2号、取締役同士で拮抗する可能性があるため、会社を代表する者の取締役である場合も含まれる)(ともとれる)、会社が取締役の債務の保証(債権者の債務者)との取引であっても「取締役の利益を保護」したりその債務を引き受けたりするなどの利益相反となる(「間接取引」)とも含まれる。なお、取締役に対する債務の履行などその性質上、会社の利益が害されるおそれのない取引については、判例により、当該承認は不要とされている。 そして「株主総会の事前承認」を得た場合に、会社法356条1項2号の「直接取引」のみならず―2017年改正により民法108条2項で「利益相反行為」が追加・明文化されたことを受けて―会社法356条1項3号の「間接取引」にまで民法108条の適用排除が及ぶよう、会社法356条2項も改正された(つまり、上記承認を得た場合には有効に利益相反取引ができる)。 他方で、この事前承認を得ずに利益相反取引がなされた場合の当該効力について、会社法上規定はないが、同法356条2項を反対解釈すれば、民法108条の無権代理に準じて無効とされる。ただ第三者との関係では、判例(最判昭和43・12・25民集22巻13号3511頁)・通説は、「取引の安全」を重視して(自ら規制違反の取引をした取締役は無効を主張できないという利益の保護を意味する意味に加えて)会社が「事前承認を得ていないことに関する第三者の悪意を主張・証明しない限り有効である」という意味で「相対的無効」であるとする(参考判例③)。利益相反取引を行った取締役が「その任務を怠った」ときは、会社法423条1項により、会社に対して損害賠償責任を負う。会社法423条3項・428条1項も参照)。なお、上記会社法との関係に2017年に改正された民法108条の影響がありうるのかについては、今後の成り行きを注視する必要があろう。 関連問題 Yは、所有する住宅をXに賃貸した。その際Yは、今後Xとの間で紛争が生じた場合に備えて、賃貸借契約書の書面に、「和解に際しては自らがXの代理人を選任しその者との間で交渉・締結を行う」という条項を定めていた。Xは、これを承諾し、将来必要となるかもしれない代理人選任のために白紙委任状をYに交付しておいた。 その後、家賃の値下げ等をめぐり紛争が生じ、Xが賃料を支払わなくなったため、和解交渉が必要となった。そこでYは、知人AをXに無断でXの代理人として選任し、このAとの間で、すでに受領済みの白紙委任状を使い和解に至った。その内容は、Xが今後毎月の賃料とともに滞納額を分割で支払うべきこと、これに違反したときは、即座の利益を失い延滞分をすべて一括で支払い、賃貸借契約は即時解除となり、当該住宅をただちに明け渡すべきことであった。 Xが、YとAの間でなされた和解の効力を否定するには、どのような請求をすることが考えられるか。またその請求は認められるか。 参考文献 石崎はる美・百選Ⅱ100頁 / Before / After40頁(林貴美)/ ポイント38頁(鎌野邦樹) (白井 徹)

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

代理権の濫用

公開:2025/12/12

資産家のAは、自己の土地を複数の知人に賃貸し、その管理を、娘婿とその妻のBに委ねていた。2024年4月頃、賃借人の1人から土地(甲)を返還したいとの申出があった。Aは、これを機に甲を売却しようと考え、娘夫婦に相談したところ、(娘の)夫の兄であるBが自分に売却してほしいといってきた。Bと多少の面識もあったAは、売却のため登記を、委任状を交付した。 多額の借金を抱えたBは、甲の売却代金を着服し借金の返済に充てようと考えていた。Aから委任状を受け取ったBは、ただちに中古車販売業を営む知人のCに甲を1500万円で買わないかともちかけた。Cは、Bが金銭がらみの揉め事を何度か起こしているのを知っていたし、甲の路線価(市場において取引される価格)が2200万円は下らないことも認識しており、この話に少なからず不安を覚えた。 しかし、BがAの委任状を示したうえで契約交渉を行い、甲の登記識別情報も持参していたことから気を許し、甲を1500万円で購入する契約をCとBとの間で締結し、その全額を自己の預金口座に振り込ませた。 他方、所有権移転登記を完了したCは、Bとの契約から13日後、不動産業を営むDに甲を1800万円で売却し、移転登記を行った。Dは、甲が格安でBに譲渡されたCは、知人から安く譲ってもらったとBに説明していた。 諸々の事情を知ったAは、Dに対して、Aへの所有権移転登記を求めた。また、Bに対しても、損害賠償の請求を行った。これらの請求は認められるか。 参考判例 最判昭和38・9・5民集17巻8号909頁 最判昭和42・4・20民集21巻3号697頁 最判昭和44・11・14民集23巻11号2023頁 最判平成4・12・10民集46巻9号2727頁 解説 代理権の濫用とは 本問のAは、所有権に基づく妨害排除請求権に基づき、C・D間の所有権移転登記の抹消に代えて、DからAへの移転登記を求めていると考えられる。これに対して、Dからは、A・C間の売買契約は有権代理によるものであり、その結果、Aは甲の所有権を失ったとの反論がなされることになろうが、この反論に対してAからは、Bが代理権を濫用したことを理由に、Bのした代理行為の効力には帰属しないとの再反論がなされるものと予想される。 そこで、まず問題となるのは、Bの代理行為が代理権の濫用(107条)に当たるかどうかである。代理権の濫用とは、「代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合」をいう。この場合の代理人には、本人のためにする意思、すなわち、代理行為の効果(債権・債務の発生)を本人に帰属させる意思はある。しかし、その目的ないし動機が、本人との関係からみて背信的と評価されるわけである。 条文の体裁からわかるとおり、代理人が代理権を濫用しても、代理行為の効果は本人に帰属するのが原則である。代理人が代理人の目的を知り、または知ることができたときに限り、例外的に無権代理として扱われるにすぎない。この原則と例外の関係を、まずはしっかりと押さえることが大切である。 民法107条は、2017年の改正で新設された規定である。改正前の学説には、代理人が背信的な意図でした行為には代理権の授与がないとして、これを相手方の主観的な態様を問うことなく無権代理と捉える見解もあった。こ の説によれば、相手方の保護は表見代理の規定(110条)によることとなる。しかし、代理権の範囲が、代理人の内心の意図といった揺らぎな基準で決まるとなると、相手方のうかがい知れない事情に代理行為の効果が左右されることになり、取引の安全が害される。代理権の範囲内の行為であるかどうかは、行為の外形から客観的に決まることが望ましい。そのような考えから、従来の判例の立場(参考判例①②)と同様、民法でも、代理人が背信的な意図をもってした行為を代理権の範囲内の行為とすることを原則とするルールが採用された(なお、参考判例①は、法人の代表取締役が権限を濫用した事案である)。 代理権濫用の要件と効果 自己または第三者の利益を図る目的 本問のBは、甲の売却代金を着服する意思があり、実際に代金の全額を自己の借金の返済に充てた。このようなBの行為は、Aとの関係ではAに対する義務の違反となる。代理人は、任意代理であるか法定代理であるかを問わず、もっぱら本人の利益を図るために行為を負っている。この義務は、一般には忠実義務と呼ばれている(信託法30条参照)。代理人が自己または第三者の利益を図る目的(濫用目的)で行為をしたときに本人が(例外的にとはいえ)保護を受けられるのは、代理権濫用の違法があるためである。同様の配慮は、自己契約や双方代理等(利益相反行為)に関する民法108条にもみられるところである。 なお、代理人の濫用目的は、代理行為をした時点では存在している必要がある。代理行為の後に濫用目的が生じた場合では、代理行為そのものの効力に影響はない。したがって、本問と異なり、Bが甲を売却した後で代金を着服する意図をもつに至ったような場合には、民法107条の代理権を濫用することはできない。 では、代理行為の後に濫用目的が生じた場合に、信義則(1条2項)の規定を適用して代理行為の効果を否定することは可能か。同様の問題は、濫用目的の発生時期が代理行為の前か後かを特定することができない場合にも生じうる。この点は、代理権濫用の効果を例外的な場合に限って否定する とした民法107条の趣旨をないがしろにできない。信義則の規定による柔軟な解決が一切否定されるまでは言い切れないものと思われる。 ところで、代理人のした行為が、本人にとって著しく不利なものである場合、すなわち、本人に重大な不利益・損害を被らせるものである場合、代理行為の濫用目的の要件は満たされるのか。たとえば、不動産業者である代理人が相対的な基準で不動産を売却したような場合である。重大な不利益行為は、代理行為の行為(客観的にみれば)本人の利益を図るものとはいえないから、相手方の主観的な態様によっては、本人を保護すべきであるとする見方がある。しかし、①代理人には背信的な意図まではないこと、②義務違反が重大でないかぎり代理人には背信的な意図まではないこと、③義務違反が重大でないかぎり代理人には背信的な意図まではないこと、④代理人が(不注意で)した行為の結果、本人が自殺したのと同様に引き受けさせる代理制度の趣旨に反すること、といった理由から、否定的な立場をとる見解が多い。 相手方の悪意または過失 代理行為の効果を否定するのは、相手方が、代理人の濫用目的を知り、または知ることができたとき、すなわち、相手方が善意または有過失のときに限られる。悪意や過失の立証責任は、本人側にある。 2017年民法改正前の学説には、相手方の主観的要件を「悪意または重過失」とする有力な見解があった。「代理人がしているのは、あくまでも代理権の範囲内の行為である。円滑な代理取引を促進するためには、相手方が特にそれ以上の調査をしなくても、有効な代理行為と扱われるのが望ましい。また、代理人は本人との間の内部的な問題にすぎないから、本人が代理人の行為に対する責任を問われても仕方がない」とはいえない。代理人の濫用目的について悪意または(重)過失の相手方まで保護する必要はない。有力説の考え方は、以上のようなものである。 これに対し、判例は、心裡留保との類似性に着目して2017年改正前民法93条ただし書を類推適用し、相手方に軽過失があるにすぎない場合でも、本人の保護を図ってきた。このような状況のもと、③本人の要件は合理性があると考えられる。①本人自身が心裡留保により 意思表示をした場合には過失でもよいとされていることとのバランスをとる必要があること、②心裡留保が考慮され、その主観的要件を「悪意または過失」とするルールが採用された(ただし、代理権濫用の場合には、表示に対応する意思がない心裡留保とは異なり、代理行為の効果を本人に帰属させる意思はあることから、①の理由はつけにくい点もある)。 相手方の「過失」は、立証責任を負担する本人の側が、その評価根拠事実(代理人の背信的な意図の存在を基礎づける具体的事実)を主張・立証し、それに対して相手方が反論(背信的な意図の存在を基礎づける具体的事実)を主張・立証する。本問のCは、Bが金銭的にルーズにしていることを、もはや価格が相場に比べて廉価であることも認識していた。にもかかわらず、BからBの委任状と甲の登記識別情報をBが持参しているのをみて気を許し、Bと取引を行った。過失の認定にあたっては、この点もどのように評価するかが問われることになろう。 法定代理の場合 民法107条は、法定代理人が代理権を濫用した場合にも適用される。もっとも判例は、親権者が子を代理して法律行為をする場合のように、法定代理人に広範な裁量が認められている場合には、その行為が本人を無視して自己または第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、法定代理人に代理権を授与する趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存在しない限り、代理権の濫用に当たらないとする(参考判例④)。 親権者は、子に対する愛情から、子の利益を最も優先してその子の財産管理に関する包括的な代理権を期待されている。もっとも、親権者には子の利益を不当に害しないかぎり、自己または第三者の利益を図るために子の財産を処分する権限が与えられていると考えられることから、民法には、親権者の利益と子が利益相反する場合に子の利益を守るための制度(特別代理人の選任)が設けられている(826条)。しかし、親子の間の利益が相反するとまではいえないが、経済的に子の利益となる行為をする者は稀である。そのような特段の事情に対する配慮として、民法107条はなお有用である。 なお、法定代理人(特に制限行為能力者の法定代理人)が代理権を濫用した場合、相手方の過失を認定する際には、より柔軟な運用をすることが望まれる。というのも、法定代理人の場合には、本人が代理人を選任したわけではなく、代理人に対するコントロールも期待しがたいからである。 代理権濫用行為の効果 本問が、代理権濫用目的、および相手方の悪意または過失を主張・立証したとき、代理人のした行為は、代理権を有しない者がした行為(無権代理行為)とみなされる。 判例は、従来、心裡留保の規定を類推適用し、代理権濫用行為の効果を「無効」と解していた(参考判例①)。しかし、代理権濫用行為の表示との間に齟齬のある意思表示のように無効とする必然性はない。本人が実際に自己の利益が害される場合に限って効果の不帰属を認めれば足りる。このような考えから、民法では、「無権代理」を原則とし、ここに無権代理に関する一連の規定も適用される。したがって、本人の追認(113条)のほか、相手方の催告権(114条)や取消権(115条)も、行使が可能である。 なお、民法107条は、代理行為が本人に帰属しないことを認めただけであり、代理行為自体は有効な代理権の範囲でなされている。もっとも、無権代理の規定が適用されるとはいえ、まだ別の問題である。同条は、代理人の濫用目的につき善意・有過失の相手方に限る。すると、相手方には「代理人の権限があると信ずべき正当な理由がある」とはいえないことから、民法110条が適用される余地はない。 代理権濫用と転得者 代理権の濫用の適用により無権代理になることがある法律行為に基づき、第三者(転得者など)が新たな法律関係に入ることがある。この場合、第三者と本人との関係は、どのように処理されるのか。 無権代理とされる取引を原因とする登記は、実際には登記をしていない無権利な登記である。このような登記を信頼して取引に入った転得者 は、一般的には権利外観法理(具体的には民法94条2項の類推適用)によって保護される余地がある(目的物の価格が相当な場合は民法192条)。改正前民法の判例であるが、代理権濫用が2017年改正民法93条ただし書の類推適用によって無効とされる場合でも、代理権濫用について善意の第三者は民法94条2項の類推適用により保護されうるとの判断を示したものもある(参考判例③)。 多少問題となりうるのは、代理人の濫用目的につき善意・無過失の相手方から、悪意または有過失の第三者に譲渡された場合である。従来の判例の代理権濫用の効果を「無効」とするのであれば、本人と転得者との間には、いわゆる相対的無効の関係も成り立ち得る。しかし、民法107条は、「無権代理」という構成を採択した。このため、有権代理が無権代理に転ずるという構成を採用した。したがって、代理権の濫用目的につき善意・無過失の場合は有効に権利を取得し、転得者は、善意・悪意にかかわりなく、権利を取得する。 Bに対する損害賠償請求 本問のAは、Bに対し損害賠償を請求することができる。 民法107条により無権代理とされる場合は、相手方には、基づき、代理人の濫用をした代理人の責任を追及することができる。同条は、代理人として契約をした者に無権代理がなかったことを相手方が過失によって知らなかった場合でも、損害賠償請求ができると定めていることからすると、自己の代理権のないことを知っていた有権代理人を追求できると定めている(2号)。代理人は、自己の背信的意図につき相手方が悪意または有過失であったと認められても、代理権の濫用目的を知らなかったことにつき過失が 関連問題 駐車場を経営する株式会社Aの代表取締役であるBは、イベント会社の経営者と知り合い、その縁で、このイベント会社の取締役に就任し、Aに断りなく会社の預金を引き出して個人的な借金の返済に充てるための資金をAから融通してもらおうと考えた。そこで、Bは、「現在、Aの店舗の改修をしているが、地代や従業員の給料の支払の関係もあり、銀行から融資を受けるまでのつなぎ資金として至急現金が必要になった」と説明し、Cに融資を依頼した。Cの承諾を得たBは、2024年4月10日、7200万円を貸付期間3年でCから借り受け、現金を領収した。その際に、Bは同日付の金銭消費貸借契約書末尾の「連帯保証人」欄にAの住所と商号を記載するとともに、B個人の三文判を押印し、Aの社印を押した。 なお、Cは、B個人が借主になる理由について、特にBには説明を求めなかった。また、Aが銀行から融資を受けられることになる予定日についても確認しなかった。 以上の状況のもと、Cから連帯保証債務の履行を求められたAは、これに応じなければならないか(なお、利益相反取引の制限に関する会社法356条1号3号、および取締役会の権限等に関する同法362条4項の適用については考えなくてよい)。 参考文献 吉永一行・百選Ⅰ 54頁 / ポイント42頁(鎌野邦樹) (山田 希)

民法1

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表見代理

公開:2025/12/12

109条1項

民法1

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制限行為能力

公開:2025/12/12

未成年者

民法1

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非営利法人と営利法人

公開:2025/12/12

X・Yの2人は、他の10人のほどと有志とともに、法人Aを設立し、法律書の編集・販売を事業として行うことにした。代表者には、Yが就任した。Aが、株式会社である場合と、公益社団法人である場合のそれぞれについて、次のような問題を考えてみよう(いずれの場合も、YがAの業務を決定・実施するに際して、法律や定款に定められた手順は満たされていたものとする)。 なお、Aが株式会社である場合には、その目的は法律書の編集および販売であり、Yは株主の1人、Yは株主総代表取締役であるものとする。また、Aが公益社団法人である場合には、その目的は、法律知識の普及・啓発活動を行うことにより社会の健全な発展に貢献することであり、Xは社員の1人、Yは社員総代表であるものとする。 (1) Yは、Aの知名度の向上に向けた事業として、全国の法学部生から法格闘キャラのメディアを募集するコンテストを開催することにし、イベント会社Bに開催費用として300万円を支払った。Xは、このイベントがAの目的の範囲から外れたものだと考えており、Bへの費用の支払は、Aに損害を与えるものだと考えている。この場合、Xは、Yに対して、Aに対する損害賠償をするよう請求できるか。 (2) Yは、法律教育の推進に関する基本法の制定を目指す政党Cに対して、Aから300万円の政治献金を行った。Xは、この政治献金がAの目的の範囲から外れたものだと考えており、Cへの政治献金は、Aに損害を与えるものだと考えている。この場合、Xは、Yに対して、Aに対する損害賠償をするよう請求できるか。 [参考判例] ① 最判昭27・2・15民集6巻2号77頁 ② 最判昭45・6・24民集24巻6号625頁 ③ 最判平元・3・19民集50巻3号615頁 [解説] 1 営利法人と非営利法人 (1) 株式会社と公益社団法人 株式会社は、構成員である株主に利潤を分配することを目的とする法人であり(会社法105条参照)、そこには収益を上げる事業(事例では法律書籍の出版を行うこと自体が目的として掲げられている。このように、私益を追求しそこで上げた利潤を構成員に分配することを目的とした法人を、営利法人という。 営利法人以外の法人は、非営利法人という。非営利法人の典型は、私益ではなく公益を追求し、利潤の分配も禁止されている公益社団法人である。公益社団法人では、構成員である社員に利潤を分配することは禁止されている(一般法人法11条2項・35条3項)。行う事業も、法人のあるいはその構成員の利益を図るようなものではなく、社会全体に恩恵をもたらすようなものでなければならず(「公益性」)、営利活動を主たる目的とするものであってはならない(公益法人法2条4号・4条参照)。法律書の出版・販売は、この目的実現のために行う事業と位置づけられる。 (2) さまざまな非営利法人 しかし、非営利法人に分類される法人には、公益社団法人(あるいは公益財団法人)以外にも、一般社団法人(一般財団法人)、特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)、農業協同組合(農協)や消費生活協同組合(生協)といった協同組合など多種多様なものがある。そして、その中には、公益性がなく構成員の利益を目的とする法人や、利潤を構成員に分配することが許されている法人もある。たとえば、農協は、組合員である農業経営者の利益を目的とする法人であり、社会全体に恩恵の及ぶような公益を目的としてい わけではない(農協法7条・10条)。また、農協は、株式会社と同様に、出資をした組合員に対して剰余金を配当することも許されている(同法52条)。しかし、それでも農協は、目的とすることのできる事業が法によって限定されており、活動の主目的が事業によって収益を得てこれを配当することではなく組合員への助成(技術面上の指導、必要資金の貸付、施設や物品の共同利用など)であることなどを理由に、株式会社とは性質が異なるものとして、非営利法人に位置づけられている。 2 法人の目的・目的外の行為の能力 (1) 判例・権利能力制限説 営利法人と非営利法人の区別は、法人の行う行為が法人の目的の範囲内にあるといえるか否かについての判断方法に影響するといわれている。もっとも、上に述べたように、非営利法人にはさまざまな種類のものがあり、営利法人と似た側面をもつものもあることを考えると、その区別が絶対的なものであるとか、非営利法人であるということから確定的な結論を得ることができるかといったように考えるべきではない。その説明に当たって、まずは法人の目的をめぐる法ルールを確認しよう。 株式会社でも公益社団法人でも、あるいはその他の法人でも、法人の設立には、その法人の目的を定める必要がある(株式会社について会社法27条1号、公益社団法人について一般法人法11条1項1号)。本問の場合、株式会社であれば「法律書の編集・販売」、公益社団法人であれば「法律知識の啓蒙・啓発活動を通じて社会の健全な発展」を法人の目的である。そして、法人は、その「目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う」ものと定められている(34条。かつては18年改正前の民法43条も同じ趣旨の規定で「目的ノ範囲内ニ於テ権理ヲ有シ義務ヲ負フ」とあったが、これが削除され、18年改正民法も含む新たな法で民法34条に規定が置かれた)。 この条文の意味をめぐっては、学説上の争いがあるが、判例は、この規定を文字どおりに理解し、「目的の範囲外の行為を法人がしても、そこから生じる権利や義務は法人に帰属しない」(目的外の行為は無効である)と読まされることもある)ことを定めたものだと解釈している。この立場は、民法34条を法人の権利能力が法人の目的に制限されていることを定める規定と 理解するものである。 (2) その他の学説 もっとも、このように解すると、目的外の行為の効力は法人に帰属せず、絶対的に無効と解されることになる。目的外の行為であると知らずに法人と取引に応じた相手方は、不測の損害を被ることがあり、取引の安全が害されることとなる。 そこで、判例とは異なり、民法34条の規定を、取締役や理事の権限(代表権)を制限するものと理解する見解もある(古くは「法人行為説」とよばれた。この見解によれば、目的外の行為は、法人が代表権を無権代理になるので、表見代理による相手方の保護も一定程度図ることができるようになる(もっとも法人の目的は、定款に記載されて誰でも知りうるものであることから、相手方が無過失である場合は稀で、実際に相手方を保護するだけの機能はないとも指摘されている)。 さらに、商法における通説は、株式会社を念頭に、法人が目的の範囲外の行為を行っても、その行為の効力は有効であり、ただ、代表取締役(や理事)の法人に対する職務違反として責任(損害賠償や解任)を生じさせるだけだと理解する。この見解によれば、相手方保護に優れることになる。大量の取引を迅速に行う商取引の世界では、取引の安全を図る要請が強いことを反映した説である。 こうした反対の見解も有力ではあるが、ここではまず、判例の立場に沿うことを目標にして、これらの学説についてこれ以上詳しくは立ち入らないことにしよう。 3 法人の目的の範囲の画定 それでは、ある行為が法人の目的の範囲内にあるか否かは、どのような基準に照らして判断するのだろうか。 (1) 「業務の遂行に必要な行為」という基準 まずいえることは、定款に書かれた目的の文言どおりの行為に厳密に限定するというものではないことである。たとえば、「法律書の編集・販売」を目的とした法人は、そのための事業資金を銀行から借りることもできるし、さらに事業資金を銀行から借りることもでき いずれも目的の「編集・販売」に当たらないからできないというのでは、厳格にすぎる判断だろう。 目的の範囲内の行為といえるためには、定款に書かれた目的の行為そのものに限られず、その目的の遂行に必要となる行為も行うことができると解されている。そして、その際、業務の遂行に「必要」といえるか否かは、行為の性質や客観的な状況などを考慮して、定款に掲げられた目的を具体的に検討するのではなく、定款の記載全体から判断して、客観的に抽象的にみてあり得るかどうかによって判断するべきであるとしている(参考判例②)。 小問1に即して、この基準の意味を考えてみよう。「法律ゆるキャラ」を募集するというAの事業は、定款に掲げられた目的の行為そのものではないが、法律書の啓蒙や法学部生の関心を高める効果はやむを得ず、民法の理念や仕組みを伝える意義もあるだろうから、Aにとっては必要な行為のように思われるかもしれない。しかし、判例の判断基準はAにとって必要な行為であるかどうかを考慮するのではなく、そのようなキャンペーンを行うことが会社法上の目的である「法律書の編集・販売」あるいは公益法人法上の目的である「法律知識の普及・啓発活動を通じた社会の健全な発展の貢献」という目的の遂行のために必要な活動と客観的にみることができるかという視点から判断される必要がある。そのような客観的・抽象的な基準で、目的遂行のために必要とみえるのであれば、その行為は法人の目的の範囲内にあるといえ、たとえ法人がその目的の範囲内にあると誤信していたとしても、その行為は目的の範囲内にはないと解することができるものである。もっとも、本問のように営利を目的とする株式会社であれば、直接事業や関連事業を行うことが目的の達成のために必要となるすべての行為をすべきだと考えられる。そのことを前提として、Aのゆるキャラ募集のキャンペーンも法人の目的の範囲内には含まれるのであり、法人の目的の範囲内であると考えるのが妥当であるといえる。 (2) 営利法人の場合 そして、判例は、営利法人である株式会社については、この判断基準を非常に広く解釈しており、おおよそ行為が法人の目的の範囲外とされることはあり得ないとも指摘されている。そうした公益性のある小問1のようなケースであれば、目的の範囲外であると判断される可能性は低いと考えられる。そうした公益的活動への政治献金を会社の目的の範囲外であると判断した判例(参考判例②)がある。 判決のなかで、最高裁は、会社もまた自然人と同様に社会的存在なのであるから、それとしての社会的役割を負担せざるを得ないとして、社会的貢献に属する活動(たとえば災害被災者への寄付など)を行うことが、間接的ではあるが目的遂行のために必要だと述べている。そして、会社が役員に政治資金を寄付することは、議会制民主主義を支える不可欠の要素である政党の健全な発展に協力するものとして、会社に期待された行為であると評価する。これらを前提に、会社による政治献金も、会社の目的の範囲内の行為であると判断した。 (3) 非営利法人の場合 次に、非営利法人についてであるが、判例は、一般論としては、営利法人の場合と同じく、業務の遂行にとって客観的・抽象的にみて必要といえるかという基準が適用されるとしている。しかし、目的の範囲外の行為であるとして当該行為を無効にした例もあり、営利法人の場合のように、目的の範囲を事実上限界なく捉えているわけではない。 もっとも、2点に注意が必要である。第1に、先に述べたとおり、非営利法人にはさまざまなものがあるのだから、どのような非営利法人でも同じような判断がされるわけではない。たとえば一般社団法人(一般財団法人)さらにはこれらの法人を母体にして設立される公益社団法人(公益財団法人)の場合には、株式会社と同様に法人の目的に法律上の制約がないことなどを理由に、目的の範囲を拡大して捉えることに厳しい制約を課す必要はないという指摘もある(佐久間毅「民法の基礎①総則[第5版]」有斐閣・2020・187頁)。 第2に、判例をみると、たとえば農協が組合員以外の者に金銭の貸借(員外貸付)を行ったというケースについて、その行為を有効にしたものと無効にしたものとが分かれている。つまり、同種の法人の同種の行為であっても、個別の事件の具体的事情に応じて判断が分かれる。 では、具体的には、どのような事情があると法人の同種の行為であっても無効にされているのか。2つの判例を例に挙げてみていくことにしよう。 (4) 非営利法人の行為の目的外範囲として無効にされた判例 第1の判例は、農協の組合長が農協の行為として、組合員以外の者に対する多額の貸付(員外貸付)を行ったというケースで、これが法人の目的外の行為であり無効になると判断したものである(最判昭41・4・26民集20巻4号849頁)。 員外貸付は、農協の経済的地位を脅かす可能性があるのであり、農協法10条に規定された組合員の利益に影響を与える事業には含まれていない。しかし、判例は、それだけで、員外貸付を無効と判断しているわけではない。むしろ、農協の経済的基盤を確立するためには組合員以外の事業者にも事業資金を貸し付ける必要があって、その員外貸付を有効とする判例もある(最判昭25・9・15民集22巻12号2627頁)。 員外貸付が無効とされたケースで、最高裁は、当該員外貸付が、農協の目的事業とはまったく関係ないものであったこと、その融資が組合の経営に悪影響することも代表理事も相手方も知っていたことを指摘している。行為が法人やその構成員の利益にどのような影響を与えるかという点とともに、取引の安全にも配慮をしながら、具体的な事実関係ごとの判断が行われているものと評価することができる。 第2の判例は、小問2のような政治献金に関するものである。税理士会が、税理士法改正運動の資金とするために政治献金を行うこと(正確には、そのための借入)が目的の範囲外で無効であると判断する(参考判例②)。 その判示に際しては、税理士会の特殊な性格が指摘されている。すなわち、①税理士会の目的は、法律において直接具体的に定められていること(このため税理士の活動は目的の範囲の制約を強く受ける。税理士法49条の2第2項)、そして②税理士は税理士会に入会していなければ税理士業務を行うことができないとされており(税理士法52条)、税理士会の入会が間接的に強制されていること(税理士法が「強制加入団体」であると表現する)が指摘されている。特に②の点は、会員である税理士には実質的には脱退の自由が保障されていないため、会員の思想・信条の自由との関係を調整することが必要だと指摘されており、政治献金を法人の目的の範囲外の行為だと判断す る重要な根拠となっている。 関連問題 (1) 本問において法人Aが公益社団法人であったとする。代表理事のYが、自己の個人的な借金の穴埋めをするためにAを代表して、Aの事業資金として銀行から金銭を借り入れたという場合、Aは、この借入行為が法人の目的の範囲外の行為であるから無効だとして、その支払を拒否することができるか。 (2) 本問において法人Aが公益社団法人であったとする。Aは、前年に発生した大震災からの復興を支援するために、社員から特別会費を徴収し、それを義援金として寄付するという決議を可決した。社員の1人Xは、この決議は法人の目的の範囲外の行為であるから無効だとして、特別会費の支払を拒否することができるか。 参考文献 澤田壽夫ほか「民法Ⅰ(START UP)」(有斐閣・2017)17頁(山口敬介)/ 後藤巻彦・百選Ⅰ 16頁/松尾弘・百選Ⅰ(第6版)(2009)16頁 (吉永一行)

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2

理事の代表権の制限

公開:2025/12/12

A同窓会は、A大学の卒業生の交流と親睦を図る団体で、一般社団法人として、2015年4月1日に法人格を取得した。また理事会を設置して、Bを代表理事としていた。A同窓会には、会の拠点となる建物とその敷地のほか、かなりの不動産資産を持っていたが、それとは別に会員の親睦のための簡易施設として建物甲とその敷地乙を所有していた。 2021年5月ごろ、Bのもとを訪れた不動産業者Cが「甲と乙を500万円で購入したい」ともちかけた。Bはこの施設が現在ほとんど使われていないことを考え、売却したいと思ったが、「定款にはA同窓会が不動産を取得・処分するためには、理事会の決議が必要である旨の定めがある、少し待っていてほしい」と答えた。 2021年7月18日、Bは「先の理事会で、甲と乙の売却について決議された。まだ議事録ができていないが、当日のメモはある」と述べて、Cに議事録のコピーを提示した。そこには「不動産処分の件」との記載があった。Cは、Bが地元の名士であったため、それ以上疑うことはなかった。そこで、同日、内金として50万円をBに交付するとともに、同年8月1日に残代金を支払い、甲・乙の登記をCに移転することを決め、契約書を作成した。 Cは、8月1日にA同窓会の事務所を訪れたが、Bは不在であった。CがA同窓会の事務職員に尋ねたところ、理事会で甲・乙の処分について話し合われたことはないとの説明を受けた。納得できないCは、450万円の支払と引き換えに、A同窓会に対して、A・C間の売買契約に基づいて甲・乙の所有権移転登記を請求した。これに対して、A同窓会はどのような反論をすることができるか。 [参考判例] ① 最判昭60・11・29民集39巻7号1760頁 ② 最判平21・4・17民集63巻4号535頁 ③ 最判平6・1・20民集48巻1号1頁 ④ 最判昭50・7・14民集29巻6号1012頁 [解説] 1 代表理事の代表権 Cは、2021年7月18日に締結されたA同窓会との間の売買契約(以下、「本件売買契約」という)に基づいて、建物甲とその敷地乙の所有権移転登記を請求している。したがって、代表理事であるBがCとの間で締結した本件売買契約の効力がA同窓会に及ぶかどうかが問題となっている。仮に、甲・乙の所有権に基づいて移転登記を請求した場合でも、所有権の取得原因である本件売買契約の有効性が問題となるから、移転登記請求が認められるかどうかは、いずれにせよ本件売買契約が有効かどうかという問題に帰着する。 ところで、法人の理事は、原則として法人内部においてはその業務を執行するとともに(一般法人法76条)、対外的には各理事が法人を代表する(同法77条1項)。 法人が、理事会を設置した場合には、代表理事を定めなければならない(一般法人法90条3項)。そして、この代表理事は法人の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする包括的な権限を有している(同法77条4項)。本問では、代表理事であるBがA同窓会の所有する建物甲とその敷地乙をCに売却しており、Bには包括的な代表権があるのだから、その行為は一体A同窓会に及びそうである。他方、A同窓会は、定款で不動産を処分するためには、理事会の決議が必要である旨を定めて、代表理事の権限を制限しており、Bは理事会の決議を経ないで本件売買契約を締結している。本問のように、理事会の決議を経ていないで売買契約を締結している場合、これに反する行為の効力がA同窓会に及ぶかどうか、まず問題となる。 2 代表権の制限に反する行為の効力 代表理事の代表権を制限する内部的な社員総会の決議や理事会の定めがあるにもかかわらず、それに反する行為が行われた場合、代表理事が法人を代表して行った行為は、どのような効力をもつのだろうか。法人による任意的な制限について、一般法人法77条5項(同様の規定は会社法349条5項にも置かれている)は、代表権の包括的な権限に制限を加えたとしても、善意の第三者に対抗することができないと定めている。 この規定は、2006年改正前の民法54条(以下、本問ではこれを「旧54条」という)を引き継ぐものであるとされている。この民法54条についての判例の立場をみてみよう。 (1) 判例の立場 最高裁は、漁業協同組合(協同組合法によって法人格がある)がその定款で「固定資産の取得又は処分に関する事項」を理事会の決議事項の1つとして掲げているにもかかわらず、理事会の決定を経ないで、組合長が理事会議事録の不動産を処分したという事案で、「善意」とは理事会の決議に権限が与えられていることを知らないことであると解したうえで、その主張・立証責任は、第三者の側にあるとした(参考判例①)。 総会の決議によって代表権が制限されている場合、法人の外部からはそのような制限があるとはいえない。定款によって制限されている場合も、代表権の制限は公示されているわけではない。また、一般社団法人と取引する相手方は、代表権の制限がない定款によってのみ行われれば、確実に相手方の取引の安全を害することになる。そこで、相手方の取引安全を保護するため、定款の文言どおり「善意」を要求するのではなく、無過失までは要求しない。 そして、総会決議や理事による任意的な制限がある場合に、代表理事の代表権は制限されるが、これに反する行為は法人の内部関係の問題であり、民法54条(または77条5項)の趣旨によって法人は対外的にその効力を否定することはできないと考えることから、無権代理行為にはならず、相手方は、自らの権利を基礎づけることができると考える。その主張立証責任は相手方にあるものと考えられるからである。 (2) 学説 これに対して、学説上は、むしろ法人の側が、相手方の悪意を主張立証すべきであるという考え方が有力に主張されている。そもそも法人の代表者は、法人の対外的な関係において包括的な代理権を持っていることが原則なのであり、それが制限されていることについて相手方が知っていることは例外的なのだから、そのときに限り無権代理になって、法人に効果が帰属しないものと考えるわけである。したがって、原則として相手方が悪意に帰属するところ、それが阻却される事由として相手方の悪意について法人に主張立証責任を負担させるべきだと考えるのである。 (3) 本問の場合 本問では、Bは、理事会の決議がないにもかかわらず本件売買契約を締結しているのだから、定款の制限に違反している。したがって、Cは一般法人法77条5項に基づいて、本件売買契約の効力がA同窓会に及ぶことを主張することになる。 この主張の当否を考えるに当たっては、CがBから直接、定款に理事会の決議が必要であるとの説明を受けていることをどのように評価するかが問題となる。 3 相手方が代表権の制限について悪意である場合の表見法理による保護 さて、相手方が法人の代表権の制限について知っている場合、もはや一般法人法77条5項による保護は与えられない。 しかし、代表権の制限について悪意であった場合でも、相手方が何らかの事情で、代表者が定款に定められた手続を踏んで取引を行っていると正当に信頼した場合には、その信頼を保護する必要がある。 代表権の制限が存在することに気づかなかったために、結果的に制限があることについて善意であった場合は、行為が有効に法人に帰属することが認められるのに対して、代表権の制限について知っていたが、やはり法人内部の手続が行われたと信頼したためにまったく保護されなくなるのは、適切ではないからである。 そこで、判例・学説は一般に、この場合に、民法110条を類推適用して、 当該行為が法人内部の手続を経て適法に行われたと信じ、そう信じることについて正当な理由がある場合、行為が有効に法人に及ぶことを主張できると考えている。 民法110条は、本来与えられた代理権とは異なる行為をした場合に適用されるが、この場合には、本来与えられた包括的代理権が制限され、その制限を超える行為を行ったのであるから、代理人がいないという点で類似性があるものの、その代表権が及ばない行為を行ったという点に類似性の基礎を見出しているものといえよう。 民法110条の類推適用を認めると、相手方は法人内部での手続が行われたと信じたことにつき過失がない場合に、そのことを主張立証すれば、保護されることになる。したがって、適切な手続がとられたということを信頼して文書等を代表者が示し、その文書が真正なものである場合には原則として過失がないといえるが、文書が通常と異なるなど、特段の事情がある場合には相手方には調査義務が生じ、それを怠った場合には、過失があったものと判断されることになる。 本問では、CはBから議事録のコピーもらっただけで、甲・乙の売却について理事会の決議があったものと誤信して、実際に理事会で決議されたかどうかについては、調査をしていない。議事録のコピーの提示が不自然なものであるという点、また不動産取引を業として行っている専門家であることなどの特段の事情があるかを踏まえ民法110条の類推適用のための保護される必要がある。 4 法定決議事項による代表権の制限 法律の一定の事項について、決議を要求しているために、代表権が制限される場合がある。重要な取引の決議について社員総会の決議(一般法人法90条4項)と理事会の承認の場合がある(一般法人法147条・非営利法人法91条9項)などがそれに該当する。 理事が設立一般社団法人の場合、代表理事が一般法人法90条4項に列挙された重要な行為をする場合には、理事会の承認が必要であることを定めている。これは、会社法362条4項の内容が一般法人法にも規定されたものである。この場合、相手方が保護されるのはどのような場合であるか。 (1) 判例の立場 会社法について、重要な財産について、理事会決議を経ないで、取引が行われた場合、これは法人内部的な意思決定を欠くにすぎないから、決議を経ていないことをとしても、その行為は原則として有効であり、取引の相手方が決議を経ていないことを知りまたは知りうべかりしときに限り無効になると解している(参考判例②)。したがって、判例の見解によれば、法人は相手方の悪意・有過失を主張立証すべきだということになり、この場合は、もはや一般法人法77条5項は、適用されない。 (2) 学説 しかし、このような判例に対しては、有力な反対がある。それは、法定決議事項については法人が手続を踏んでいないことは、単なる内部的な瑕疵であって、軽微なものとみているが、非営利法人は意思決定に慎重を期す必要があり、厳しい要件が課されている。これに対して、代表権が制限されると考えている任意的な代表権の制限があった場合には、相手方の善意のみで保護されるという結論と均衡がとれているというのである。 むしろ一般法人法90条4項の制限は、単なる内部的な意思決定の瑕疵ではなく、代表権の制限にほかならないと捉えたうえで、当該行為を法人の代理権の制限に鑑みて、相手方の保護要件を尊重では、単なる善意でも、代表権濫用を主張立証すべきとすべき。 (3) 重要な財産の処分および譲受け 従来判例が、代表権の任意的制限として問題としてきた事柄は、定款によって法人の不動産の処分について理事の代表権を制限するものが主な類型であった。そうすると、法人が有する不動産のうち、一般法人法90条4項の適用は「重要な財産」の譲渡にあたるもののほか、そのような制限について相場の保護要件としても、そのような制限がないことについての善意は問題とはならないことになる。判例は、重要な財産であるかどうかの判断については、当該財産の価額、その法人の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に 考慮して判断すべきものとするのが相当である」と述べている(参考判例③)。法人の対象となった財産が「重要な財産」とされたうえで、適用されると立証責任が大きく変わることに注意する必要がある。 (4) 本問の場合 本問の甲・乙が、一般法人法90条4項にいう「重要な財産」に該当するかどうかがまず問題となる。もし、重要な財産であるとするなら、判例・学説によると一般法人法77条5項は適用されず、もっぱら同法90条4項の問題となり、制限の有無ではなく、理事会の決議を経ていないことについての善意無過失が問題となる。 5 法人の不法行為責任 法人が契約上の責任を負うかどうかについて検討してきたが、相手方に代表者が法人内部の手続を経ていると誤信したことについて過失があり、法人の契約責任が否定される場合にも、なお法人の不法行為責任を追及することが可能な場合がある。 本問でも、仮にCが、一般法人法77条5項の善意があるといいえず、また理事会の決議があったものと誤信したことに過失があると判断され、契約に基づいて移転登記請求を行うことができない場合でも、それによって生ずる損害を不法行為に基づいて同窓会に請求することのできる可能性がある。 さて、不法行為責任は、一般社団法人その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うことを定めている。 この規定は、2006年改正前の民法44条を引き継いだものであるが、同条は民法715条の使用責任に関する規定で、「事業の執行につき」という文言を民法715条の問題責任者が行うものとはいえないが、外形的にはそのようにみえる職務を行うについて第三者に加えた損害である場合には、代表権を濫用した不法行為責任(外形理論)にあたる。もっとも、法人の責任を認めるという趣旨を明示した。 そして、相手方の保護要件として、不法行為責任ついても民法715条の場合と同様に、善意無過失を要求している。すなわち「行為の外形から 見て、その行為が職務の範囲に属するものと認められる場合であっても、相手方において、右行為がその職務に属しないことを知っていたか、又は知らないことに重大な過失があったときは、当該地方公共団体は相手方に対して損害賠償の責任を負わないものと解するのが相当である」(参考判例④)と判示なのである。 このとき、相手方に悪意があり表見代理による保護が否定されたとしても、相手方に法人の代表者との取引によって損害が生じている場合、相手方が内部的な手続が踏まれていないことについての悪意を重大な過失と評価できる場合には、法人の代表者による不法行為に基づく請求そのものは肯定されることになろう。ただし、過失相殺による賠償額の減額が行われる可能性は生ずる。不法行為責任によるときは、法律行為責任とは異なって、相手方の信頼の度合いに応じた複合的な解決が図られることになる。 関連問題 (1) 本問において、Bが売却しようとしたのが、A同窓会の活動拠点となる建物であった場合、Cの移転登記請求が認められるか。 (2) 本問において、BがCに対して、理事会の決議があったとの記載のある理事会議事録を、通常の書式のとおりに偽造して、BがCに提示した場合、Cの請求が認められるか。 参考文献 中東正文・百選Ⅰ 64頁 / 松本恒雄 = 潮見佳男編『判例プラクティス民法Ⅰ』(信山社・2010)41頁(後藤巻元) (大中哲也)

民法1

ISBNコード: 978-4-7857-2991-2