団体の法律関係
外部関係
民法1
ISBNコード: 978-4-7857-2991-2
組合の法律関係
大学の同期である医者A・B・Cは、コストの削減を図るために、A・B・Cが同様に使う固定資産や消耗品を共同で購入することを目的にとしてABC医院を設立した。その際、出資された財産はABC医院代表を名乗るAの預金口座で管理することが約束され、また、物品の購入―Aをその権限とすることも取り決められた。ただし、このAの物品購入権限は、金額にして20万円に限られ、これを超える物品の購入についてはB・Cの事前の同意を要すると取り決められていた。 Xは、ABC医院と日頃取引のある業者である。A・B・C間での権限の取決めについては周知することはなかったものの、普段はAが単独で医院を代理して取引しており、また、パソコンなどの高額物品の購入の際にはAのみならずB・Cを同席して取引していたので、A・B・C間に何らかの取決めがあることを、Xは何となく察していた。 このような状況のもと、Aが単独でXのもとを訪れ、ABC医院による100万円の医療機器の購入を申し入れた。Xは高額物品の購入に関してB・Cの同席がないことを不審に思ったものの、Aからは医院の預金残高の預金通帳を見せられ、Aが対外的な取引の一切を取り仕切っていると信用し、X-A間でAが医院を代理して100万円の医療機器の売買契約が締結された(代金支払が先履行とされている)。その際には、XからB・Cへ、代理権の有無についての問合せは行われなかった。 Xは、Bに対して、民法675条2項に基づき医院開設の出資金の割合に応じて30万円の支払を求めることができるか。 [参考判例] ① 最判昭38・5・31民集17巻4号600頁 ② 最判昭和35・12・9民集14巻13号2994頁 [解説] 1 組合契約当事者とする場合の組合員に対する責任追及の前提:組合代理 Xとしては、A・B・C間の契約が組合契約であるとして、当該組合を契約当事者としてAが代理によって契約したことの責任を、民法675条2項に基づいて請求していくことが考えられる(ここで、同項本文によれば、組合が契約当事者として負った責任につき組合員は原則として平等の割合で責任を負うが、損失分担割合を選択することもでき、また、同項ただし書によると、損失分担割合を知っていたことを相手方から立証された場合、この損失分担割合に基づいて組合員は責任を負う。この損失分担割合は民法674条1項により出資割合で定まるのが原則である)。そして、組合が契約当事者として責任を負うための要件事実は、①A・B・C間の組合契約の締結、②Aの代理権の発生原因事実、③Aの代理行為(A・X間の売買)、④Aによる署名、となる(ただし、後述のように組合契約に基づいて代理権が発生する場面もあり、この場合には①③④に吸収される。なお、本問では問題としていないが、民法675条1項により組合に対して責任追及することも可能である)。このような法的構成において、大きな問題となるのはAの代理権の有無である。そこで、その他の付随的問題について、まず1で論じ、その後、代理権の有無にかかわる問題について2と3で論じることにする。 (1) A・B・C間に組合契約は成立しているか 上記①の要件事実に照応する、この要件事実の充足性は、「出資」と「共同の事業」の合意が必要であると定める民法667条の解釈から導かれることになる。 ここで、「出資」とは、財産的価値のあるものであれば何でもよく、民法667条2項で定められた労務の出資可能性は確認規定にすぎないと考えられ ている。本問では金銭での出資が、ここでいう「出資」に該当することは問題ない(669条参照)。 また、「共同の事業」についても特段の制限はない。これに該当しない例は、判例によれば、たとえば、共有物の単なる共同使用ではこれに該当しないとする(最判昭和26・12・18民集5巻12号2590頁)。特別の理由づけがあるわけではないものの、組合の財産は民法668条により共有とされている一方で、これは民法676条など特別の財産拘束を受けることとされているから、学理上は、自由な処分を原則とする共有とは区別するために、何らかの共通目的があって、このような特別の財産拘束が課されるのである。また、学説上には、単なる共通利用は共同事業からは除かれる。また、学説上には、組合員の債権実行の困難を回避すること(民法673条の定める検査権を失わせること)、または、利益分配のすべてから特定の組合員を排除すること(いわゆる獅子奮迅組合)は組合契約の性質を失わせると考えられている。 本問は、いずれの事情もないとしても、むしろ、費用節約のための共同購入を目的としている点で、「共同の事業」にむしろ該当する積極的事情がある。したがって、A・B・C間に何らかの組合契約がある。 (2) 組合の名を称しうるか 組合には、法人とは異なって権利能力を認めないとの見解が一般的であるため、組合契約の当事者も法人のような存在とはならない。そこで、組合の代理の場合には、組合員全員の名前を記すことで連名になる、組合の名を称するもの、組合名義での書面をもってこれに代えることができるかどうか、が上記①との関係で解釈上問題となりうる。 そして、このような場合名義での署名を認めるにつき、否定説は無用である。したがって、Aが医院の名義を語ったとしても、有効な代理と考えることができる。 2 業務執行者の代理権 次に、上記①の代理権発生原因について検討する。本問でまず考えられるのは、業務執行者としての代理権である。 (1) 業務執行者とは これを根拠づけるためには、代理行為をした者Aが業務執行者であると いわねばならない。条文上、民法670条3項では、組合業務の執行の委任を受けた者を業務執行者と呼ぶと定めている。 ただし、業務執行者の意義上、このような委任を受けたことが必要なのかは必ずしも明確でない。仮に、業務執行者の定義を、包括的な業務執行の委任を受けた者としよう。この定義を採用する場合の問題は、業務執行に一定の制約が付されている場合である。つまり、本問のように、対外業務執行権の一部の内部的制約に加えて、包括的な業務執行の委任とはいえないのではないか、という疑問が生じる可能性がある。しかし、判例は、対外的な業務執行権の一部に制約を加えられている者であっても、業務執行者であることを前提に議論を進めているのである(参考判例①参照)。 このような業務執行者の定義の難点は、商法上の支配人の業務執行権と同様の問題である。つまり、支配人には、①営業所の営業に関する包括的業務執行権が授与されたという定義と、②当該営業所の主任とするという定義とがある。もっとも、対外的業務執行権の一部制限がある者は支配人になくなってしまい、したがって、支配人と取引をした相手方の保護を定めた商法の規定が適用されなくなる、という①の説からは批判されている。 この説が説得力があると考え、この定義に照らすと、業務執行者を定義する場合には、組合の事業主たる地位の有無から、業務執行者を定義することになろう(事業権限委譲の任意性に関する業務執行者の認定について、直ちに問題とならない)。もっとも、いずれの定義を採用するにせよ、包括的な業務執行委任を前提とするならば、委任の範囲の程度の問題は、主催者による事情を総合的に評価し、事業主たる地位の有無を判断する、程度の問題となろう。 本問では、Aの権限の包括性の程度、Aの対外的な組合目的との関連性を主たる根拠として、Xが業務執行権を裏づけることになる。 (2) このようにして定義される業務執行者の代理権に関する内外の業務執行権の権限のうち、代理権の行使および範囲については、2017年民法改正により民法670条の2第2項が設けられた。そして、本問のように業務執行者が1人である場合について、業務執行者が代理権を有することに争いはない。 問題は、本問のように業務執行者の代理権に内部的な制限が加えられている場合の処理である。これについて、学説と判例で考え方が分かれている。 まず、学説には多様な立場があるものの、主要な学説としては、民法110条を前提とするものと、一般法人法77条5項(2008年改正民法54条)を用いるものに分かれている。民法110条説であったとすると、Xの側がBらの「正当の事由」つまり、越権代理についてないことについて自らの善意かつ無過失を主張立証しなければならない。これに対して、一般法人法77条5項説だと、Bの側が、Xの悪意または重過失を主張・立証しなければならない。 その2つの説を比較すると、主観的要件の程度(無過失か、重過失か)、および、主張・立証責任(Xの側か、Bの側か)の2つの点で、一般法人法77条5項説のほうが民法110条説より有利となっている。 これに対し、参考判例①は、上記いずれの学説とも異なった立場を採用している。つまり、一方、②の説の保護要件として、善意かつ無過失を要求するという意味で、一般法人法77条5項説よりは民法110条説に近い。他方、判例はこの主張・立証責任をBではなくXの側に課している。この意味では、民法110条説から程遠いのである。 この判例を理論的に説明することは難しいものの、主観的要件や主張・立証責任については、会社法における内部的手続違反の判例(最判昭40・9・22民集19巻6号1656頁)との類似性を指摘できるかもしれない。つまり、会社の代表取締役が、取締役会の決議を経ることを要するとする対外的な個々の取引行為を、上記決議を経ないでした場合でも、上記取引行為は、相手方において上記決議を経ていないことを知りまたは知ることができたときでない限り有効である、とされている。ここでは、一般法人法77条5項と同様の要件効果を定める会社法349条5項は処理されていないような、法令上の内部的手続違反が問題となっている。そして、これらの規定のような特別の保護がない限り、内部的手続違反については、相手方の主観的要件は無過失、主張・立証責任は団体の側と考えたうえで、団体と取引した第三者の保護が図られているのであるが、判例の現状だといえよう。 本問では、日常の取引慣行に照らしてXの側がやや不審に思っているこ とや、B・Cへの問合せの不存在が重過失・重過失の評価根拠事実となり、逆に、Aから示された預金通帳がその評価障害事実となろう。 3 組合員としての代理権 本問では、Aが業務執行者であると考えたほうが考えやすいものの、Xの側としては、あえてAが業務執行者であると主張せずに攻めていく方法も考えられる。つまり、Aが組合員であることを理由に、組合員としての代理権を利用する方法である。 (1) 組合員の代理権はどのような基準から決まるのか 最も厳格な裁判例は、業務執行規定に従う場合に限り代理権を認めてきた。つまり、2017年改正民法670条の規定によらないと組合代理権ではないとしている(最判昭40・6・15民集13巻6号648頁)。ただし、多数決によることなく組合員の多数決による代理を認めた参考判例②も参照)。 民法670条の2は、このような最も厳格な解釈を避けている。したがって、A、B、Cの同意がなくても、常務の範囲であれば代理権を有することとなる。 (2) 常務とは何か そこで、常務とは何かが、問題となる。この問題につき、2つの定義がある。まず、組合の事務の軽重性から常務を定義している。これに対し、少数説としても、組合員の日常的な範囲内から決める見解もあり、軽微なものといえなくても組合の事業の執行に軽微なものとみえていく(たとえば、物品販売の取引に照らしてみても)、通常の在庫の範囲とそれほどはかい離がないとすると、通常の定義だと常務とはいいがたい支出であっても、少数説の定義だと常務と、売買対象物が組合目的の履行から、常務に当たると評価される可能性がある。 (3) 常務に関する代理権を基本代理権として民法110条の適用は可能か 上記通説の立場に立ったとしても、常務にする代理権を基本代理権として、民法110条を適用する余地もある。 ただ、民法110条の適用に関しては、相互に関連する2つの問題に注意する必要がある。第1に、基本代理権の発生根拠は、任意代理に近いものだと考えるのか、それとも、法定代理に近いものだと考えるのか、という問 題である。民法670条の2という法令により、代理権の範囲が定められていることとの関係である。ここで、第1の問題について法定代理に近いものだと考えた場合に、その決議について安易に民法110条を適用して相手方保護の範囲の拡張を図ることは、法令により代理権の範囲が限定されている趣旨を損なう解釈論である(民法761条から生じる基本代理権を民法110条による拡張につき慎重な態度を示した最判昭和44・12・18民集23巻12号2477頁参照)。したがって、民法110条による代理権の範囲の拡張は、民法670条の2第3項による常務についての代理権の発生根拠につき、組合契約当事者の意思解釈にどう認められるものだと解する場合に限って(つまりは、任意代理権に近いものだと考える場合に限って)、適合的な解釈となろう。 関連問題 本問について、次の場合について検討せよ。 (1) 「ABC医院」にとってXから日常的に仕入れている医薬品を、AではなくCが「ABC医院」を代理する形で、Xとの間で代金1万円と定めて購入する契約を締結した場合、XはBに対してその一部の支払を求めることができるか。 (2) 組合員ABCの出資額がそれぞれ2000万、900万、900万であった場合に、Aは単独で有効に「ABC医院」を代理することができるか。 参考文献 中田568-572頁・577頁 / 菅野・山下『民法Ⅲ講義ノート[契約法・事務管理・不当利得](第3版)』(有斐閣・2006)752-772頁。特に766頁注3) / 森木「組合契約に関する判例法理の展開(三・完)」立命館法学362号(2007)93頁 (内海幸人)
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公序良俗違反・法令違反
バッグ類の卸売業者であるYはかねてからポーカー賭博に夢中になり、借金を重ねてきたが、ついには負け金の借金額が1000万円に達し、困っていた。そのとき、仕入先の1つであるXから、図っているなら金を貸すといわれ、2022年1月10日、Xから1000万円を借りて賭博の借金を全額返済した。その後、YはXから商売への協力を求められ、好意があるもので引き受けることに、Xの内容は偽ブランド品の売買であった。すなわち、有名なブランド品に似せた商品を販売して利益を得るためXが外部から格安の偽商品を買い付け、それをYが販売するという手はずであった。Xは以前にも偽ブランド品を輸入したところ、税関により過度の見積もりで差し止められた。Yは、偽ブランド品の売値が良ければ大きな利益が上がることを予期してもちかけたのである。そこで、Xが偽ブランドマーク入りの皮製バッグ100個を500万円で外部から買い付けた後、同年3月1日、Yに2000万円で売却する契約を結び、ただちにYがバッグを受領した。代金支払は同年4月1日という約束であった。X・Yとも、偽ブランド品の売買が不正競争防止法および商標法に違反することを知っていたが、ロゴマークをつけただけで高くても買う客のほうが悪いと思っていた。それに、以前にXがかわった偽ブランドバッグの販売では、バッグ自体がしっかりした品質であったので、購入した客から特に苦情はなく、それどころか返礼に感謝のほどで、Yが仕入れた後、同年3月10日に「高級バッグ」として1個35万円で売り出したところ、予想どおりたちまちすべてが売り切れた。 その後、XからYへの代金の請求と、売買代金の支払期限が到来したので、XはYに請求したが、Yは支払わない。そこで、商標権の請求訴訟を起こしたが、これらは認められるか。 [参考判例] ① 最判昭29・8・31民集8巻8号1557頁 ② 最判昭39・1・23民集18巻1号37頁 ③ 最判平13・6・11時1757号62頁 [解説] 1 公序良俗違反・法令違反 本問では、賭博で負った借金を弁済するための借金や不正競争防止法、商標法違反の売買が問題にあげられている。これらの契約について、その内容が公序良俗違反や強行法規違反として無効になるのではないかを検討しなければならない。 2 動機の不法 公序良俗に反する法律行為(契約など)は無効である(90条)。平成29年に、公序良俗に反する「事項を目的とする法律行為」から、公序良俗に「反する法律行為」と改正されたが実質的な変更はない。すなわち、改正前から判例は、法律行為の内容だけでなく、法律行為が行われた過程その他の諸事情を考慮していたので、それを条文上も明確にしたものである。 では、公序良俗とは何か。 社会の妥当性を欠いと考えらえることもあり、さまざまな類型があるが、賭博契約に反する法律行為はこれにほかならない(競馬など、法律によって認められている場合は別である)。本問では、賭博契約自体が問題となっているのではないことには注意してほしい。すなわち、X・Y間の借金(消費貸借契約)自体は、通常の契約であり公序良俗(90条)に反するということにはならないそうである。しかし、その借金はYの賭博のためのものであり、Yが賭博で負った多額の債務の返済のためであるから、XがYとした契約の「動機」が不法であったということになる。この動機の不法は消費貸借契約に影響するのであり、もし消費貸借契約も公序良俗違反となれば、無効であり、Yが契約の無効を主張できる可能性がある。 動機の不法についての判例・学説は、以下のような状況にある。判例は、 賭博の借金のための金銭消費貸借が、最判昭47・4・25判時669号60頁、最判昭和61・9・4判時1235号97頁)、賭博に負けた返還金を目的とする消費貸借(大判昭和3・3・30民集7巻578頁)などにおいて、不法の目的が表示されていたことを前提として公序良俗違反により無効としている。しかし、禁制品の密輸資金を貸した事例では、不動産を譲渡していたにもかかわらず民法90条の適用がないとされた(参考判例①。この判例には学説の批判が多い)。 学説では、不法な動機が法律行為の内容として表示された場合に無効となる、表示説が有力である。表示説は、法律行為の社会的な妥当性を考慮に入れることはこれによってほごにできるが、動機が表示されないときも無効にすると、取引の安全を害するため、法律行為の内容はもっぱら表示行為によって判断するという原則に反する。この説に対しては、動機が表示されるかどうかによって公平負担を図るのでは管理であるという批判がある。そのほかの説として、以下のようなものがある。相手方が動機を知りまたは知りうべき場合に無効とする、認識(可能性)説であると、契約後でも基底時となる、動機の違法性の程度(違法性が強ければ無効に傾く)と、相手方の認識の程度(相手方が知らなければ有効に傾く)とも相関的に考察して判断する、相対関係説によれば、相手方が認識していなくとも無効になる可能性がある。ただ、本問を契約する目的の法律行為は当事者間に無効となり、相手方がその動機を知り得なかった(=善意・無過失)場合は、無効を主張し得ないという、相対的無効もある。 本問のX・Y間の金銭消費貸借は、いずれの説によっても無効になる可能性がある。表示あるいは相手方の認識については、本問から明確とはいえないが、賭博に困っているなら金を貸すというXは、XがYの債権者を知っており、そのための借金であることが示唆されていた可能性が強いであろう。ただし、売買契約が無効になったとしても、資金返還請求ができるとしても、Yは1000万円を不当利得として返還できうる可能性がある。なお、不当利得返還請求が否定されるかもしれない(不法原因給付の問題については、→本巻89)。 3 取締法規違反の売買の効力 本問で、次に検討すべきは、不正競争防止法や商標法に違反するX・Y間の売買が強行法規違反によって無効ではないかということである。このような取締役規定(行政取締目的から一定の行為を禁止制限する法規)に違反する行為の効力について規定がないことから問題になる。 本問に類似する最高裁判例が2件ある。まず、有毒アワビを原料に製造販売する業者が有毒性物質であることを知り、かつ、これを混入して製造したアワビ菓子の販売が食品衛生法によって禁止されていることを知りながら、あえて製造のうえ、その販売業者に継続的に売り渡す契約は、2017年改正民法90条により無効であるとされたものである(参考判例②)。強行法規違反というだけでなく、「一般大衆の購買のルートに乗せたものと認められ、その結果公衆衛生を害するに至るであろうことはみやすき道理であるから」2017年改正民法90条違反としてある。また、ポロ社に類似商品事件判決(参考判例③)は、衣料品の卸業者と小売業者との売買契約が、「周知性のある米国のポロ社の商品の表示と同一又は類似のものを使用したものであることを互いに十分に認識しながら、あえてこれを消費者の購買ルートに乗せ、……大量に販売して利益をあげようと企て」から、2017年改正民法90条により無効であるとされた事例である。ここでも、不正競争防止法・商標法に反しているという法令違反を強行法規違反として無効というのではなく、反社会性が強い行為であるから同条に違反するとして無効としている。Xが、反社会性が強い行為である、法令違反に加えて、一般大衆の購買ルートに置いたという事実を重視しており、ポロ社に類似商品事件でも、あえて消費者の購買ルートに置いたことを重視している。 一方、学説においては、従来、強行法規(91条)と公序良俗(90条)を切り離す見解が支配的であり、取締法規が強行法規(違反すれば無効)かどうかについては、取引の安全当事者の信義・公平の諸点を考慮するにされ、それぞれの取締法規について、立法の趣旨、違反行為に対する社会的批判の程度の程度、一般取引に対する影響、当事者の信義・公平などを仔細に検討して、決定するほかはないとしていた。しかし、近時の学説では、規範条文と総合判断の内容について双方に有力な異論が主張されている。まず、根拠条 文についてであるが、民法91条が強行法規違反について定めており、法規の趣旨によって強行法規か任意法規かの区別するというのが従来説である。しかし、有毒アワビ事件においては当事者の悪性の程度が考慮されており、従来にもすでに現れているように、法規の趣旨だけではなく、総合判断がなされるのであって、それはまさに民法90条の公序良俗の判断である。しかし、近時の研究によれば、民法91条は、反対解釈によって強行法規違反を無効にするという法趣旨をもつものではなく、単に当事者の意思が任意規定(法規)に優先するという文字どおりの意味しかしなかったことも明らかされている。 次に、総合判断の内容についても、違反行為がすでに履行されているかどうかによって区別する履行段階論や、取締法規の目的を警察法令と経済法令に分けるという見解がある。前者の履行段階論は、論者によって異なるところもあるが、履行段階に応じて法規の目的や当事者の信義・公平を実現する方向性が変わってくるとみて、すでに履行されている違反行為については有効の方向、まだ履行されていない場合は原状回復の問題が生じないので無効の方向にするというものである。たしかに、食肉の販売は許可が必要であるが許可なく販売しても無効だとしても、商品を引き渡してしまってから無効だとしても返還させるほどのこともないと思える。後者のいわゆる経済的公序論は、取引の効力に関係ない警察法令に違反しても私法上は有効であるが、取引を保護する法令や秩序を維持する法令の違反の場合は無効になるというものである。ただし、取引と直接は関係なくとも、取引に関連する法令に違反した場合と不正競争防止法のように取引と密接に関連する法令に違反した場合とでは異なる場合があるであろう。 以上のような判例・学説の状況にかんがみ、X・Y間の売買契約について、総合判断のうえで公序良俗に反して無効とすべきかどうかを検討すべきである。なお、売買契約が無効となった場合、売買代金の請求はもちろんなされないが、引き渡した物について原状回復(121条の2)の問題は残っており、さらにその給付が不法原因給付(708条)とされれば返還請求できないことになる。 4 主張・立証責任 契約が成立すれば履行請求できるはずであるので、公序良俗違反による無効を主張する側が、公序良俗違反を基礎づける事実を主張・立証する必要がある。したがって、本問の動機の不法の場合であれば、Yの立場によって要証事実が異なるが、たとえば表示説によれば「無償」を主張する側が、賭博のためにという動機が表示されたことについて主張・立証責任を負う。本問では、賭博と異なり公序良俗違反かどうかの判断は難しいのであるが、主張する側が総合判断の基礎となる事実を主張・立証することになろう。 関連問題 建築業者Xと注文者Yは、建築基準法等の法令に適合しない建物の建築を目的とする請負契約を締結したが、当該契約後、法律の図面で建築確認申請し、いったん完成して検査を受けた後に、契約の図面で違法な工事を行うという悪質なものであった。計画どおり建築されれば、耐火構造や避難通路確保規制に違反するなど、居住者や近隣住民の生命・身体等の安全に関わる重大な瑕疵となるものであった。Xが、Yに違法な建前工事部分を修正する代替工事を行い、Yが追加工事工事部分の代金請求をした場合、Yは応ずることができるか。 参考文献 川角由和・百選Ⅰ(第6版)(2009)32頁 / 石川博康・百選Ⅰ 34頁 / 大村敦志・百選Ⅰ 35頁 / 曽野裕夫・平成24年度重判65頁 / Before / Afterを質す(森岡知久) (難波讓治)
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消費者契約における不当条項
Xは、2024年8月21日、Yとの間で首都圏市内にあるマンションの一室(本件建物)を契約期間2年間、賃料1か月9万8000円で賃借する旨の賃貸借契約(本件契約)を締結し、本件建物の引渡しを受けた。本件契約には、本件契約締結と同時に、XがYに対して保証金40万円を支払う旨の定めがあり、Xは保証金40万円をYに支払った。 また、本件契約には、保証金をもって、家賃の支払、損害賠償その他本件契約から生じるXの債務を担保する旨の定め、および、Xが本件建物を明け渡した場合には、Yは契約解除から再度入居までの経過年数に応じた額の割合(経過年数1年未満は18万円、2年未満は21万円、3年未満は24万円、4年未満は27万円、5年未満は30万円、5年以上は34万円)を控除したうえでXに返還するが、Xに未払家賃、損害金等の債務がある場合には、上記控除額から同債務相当額を控除した残額を返還するという特約(本件特約)があった。本件契約には、さらに、賃借人が集合住宅として通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(通常損耗)については貸主側に負担し、Yは、本件契約に原状回復義務を負わないとする旨、および、Xは本件契約に2026年4月30日に終了し、XはYに対して本件建物を明け渡したが、Yは本件特約に基づいて、保証金から敷引金21万円を控除したうえで19万円をXに返還した。そこで、Xは本件特約が消費者契約法10条により無効であるとして、Yに対して保証金の残額21万円の返還を求めた。この請求は認められるか。 [参考判例] ① 最判平23・3・24民集65巻2号903頁 ② 最判平23・7・12判2128号43頁 ③ 最判平23・7・15民集65巻5号2269頁 ④ 最判平17・12・16判1921号61号 [解説] 1 不当条項の無効 消費者契約法は、消費者と事業者の間の情報、交渉力の格差に着目し、消費者に一方的に不利益な契約の条項の有効性を認めず消費者を守るために、以下のような不当条項の全部または一部を無効とする規定を置いている。 2 不当条項リスト (1) 事業者・責任制限条項 ① 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項および当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項は無効とされる(消費者契約8条1項1号)。また、事業者の債務不履行により消費者に生じた責任について、事業者の故意・重過失による損害賠償責任の一部を免除する条項および当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項は無効とされる(同項2号)。 有償契約において契約の目的物に隠れた瑕疵がある品質に関して契約に適合しないことにより消費者に生じた責任について、損害を賠償する事業者の責任を免除する条項および当該事業者にその責任の有無や限度を決定する権限を付与する条項は、消費者契約法8条2項1号・2号の定める例外を除き、無効とされる(同条1項1号・2号)。 ② 事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害賠償責任の全部を免除する条項および当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項は無効とされる(消費者契約法8条1項3号)。また、事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為によ り消費者に生じた責任について、事業者の故意・重過失による損害賠償責任の一部を免除する条項および当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項は無効とされる(同項4号)。 ③ 損害賠償責任の一部を免除する条項は、事業者の軽過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないときには無効とされる(消費者契約8条3項)。⑤の施行日は令和5年6月1日である。 (2) 解除権を放棄させる条項 事業者の債務不履行により生じた消費者の解除権を放棄させ、または当該事業者にその解除権の有無を決定する権限を付与する条項は無効とされる(消費者契約8条の2)。 (3) 消費者の後見的利益等の保護を目的として無効とされる消費者契約の条項 事業者が後見的利益を有し、現在は開始または補助開始の審判を受けたことのみを理由とする消費者の契約を解除できる条項は無効とされ(消費者契約の目的となるものを提供することとされているものを除く)(同法8条の3)。 (4) 損害賠償額の予定・違約金条項 損害賠償額の予定・違約金条項としては、第1の類型に伴う損害賠償額の予定・違約金条項がある。すなわち、消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、または違約金を定める条項がある場合に、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものは、その超える部分の規定は無効とされる(消費者契約9条1号)。たとえば、大学の入学辞退の場合の授業料の不返還特約につき、判例(最判平成18・11・27民集60巻9号3427頁など)は、消費者契約法9条1号の類推として解説を試みる。 損害賠償責任の履行に係る損害の賠償額の予定の条項そのものとして、金銭債務の不履行に伴う損害賠償額の予定の条項がある。すなわち、消費者が金銭債務の全部または一部を支払期日までに支払わない場合に、損害賠償額の予定または違約金を定めた条項は、当該支払期日の支払の遅延の支払期日に年14.6パーセントを乗じた額を超える部分は無効である。 じた額を超えるときは、その超過部分が無効とされる(消費者契約9条2号)。 3 「不当条項」の一般条項 消費者契約法10条は、上記のような個別的リストに該当しない場合であっても、「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなすその他他の法律中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって」「(第1要件)民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」(第2要件)は、無効とする旨を定めている。例外として、次のような特約の有効性が問題とされている(このほか、同法10条に関する最高裁判決としては、生命保険の支払免責条項を有効とした判決(最判平成24・3・16民集66巻5号2216頁)などがある)。 (1) 敷引特約 敷引特約(敷金の一部から一定の金額を控除して残額を返還する旨の特約)の有効性につき、参考判例①があり、本問はこれをモデルとしている。この判決は、①居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等がない限り、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきであり、本件特約についても、このような趣旨を含むことが明らかである。②敷引金の額が、通常損耗等の補修費用の額として、社会通念上相当と認められる程度のものを超える場合には、賃借人の義務を加重するもので消費者契約法10条1項に該当し無効と解するのが相当である。 ③賃貸借契約に敷引特約が付され、賃借人が取得することになる敷引金の額が契約書に明示されている場合には、賃借人は、賃料の額に加えて、敷引金の額についても明確に認識したうえで契約を締結するので、通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとし ても、それに充てるべき金銭を敷引金として授受する合意が成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。 これに続けて、④もっとも、消費者契約である賃貸借契約においては、賃借人は、自らが賃貸物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額について十分な情報を有していないうえ、賃貸人との交渉によってその額の変更を協議することも困難であることが多いことから、敷引金の額が賃料の額から見て高額にすぎると、賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされるものとみるべき場合が多いといえる。そうすると、消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料、礼金等の額と比べ、敷引金の額が高額にすぎると評価すべきものである場合には、当該賃貸借契約の更新料の額に比して大幅に低廉であるなどの特段の事情がない限り、敷引金の額から通常損耗等の補修費用の額として通常想定される額を控除して消費者契約の利益を一方的に害するものと認められる場合に当たり無効になると解した。 このような判断のもとで、⑤本件では、本件敷引特約が締結されてから契約の終結までの経過年数に応じて敷引金の額が変動するが、2年ないし3.5年程度の経過後に契約が終了した場合に、敷引金の額が賃料の2倍ないし3.5倍強にとどまっていることなどから、本件敷引特約は消費者契約法10条により無効であると評価することはできず、本件特約を消費者契約法10条により無効であるということはできないとして、第2要件適合性を否定した。 参考判例では、他に、参考判例②も、参考判例①そのまま踏襲して敷引特約を有効としている。 参考判例では、他に、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させるものとして敷引金の合意を有効としながらも、合意された額が賃料の額の割合で算定されており、敷引特約によって補修費用を二重に負担しないことが特段の有効性の根拠の1つとされているが、参考判例③では、敷引金が通常損耗等の補修費用である旨の明確な合意がなく、敷引金と別に通常損耗等 の補修費用を徴収している。そこで、参考判例②③は、当該敷引金の額に対して賃料がその算定の基礎になっているか否か、参考判例②において敷引金の趣旨を正当化するに参考判例①と異なる理論構成が必要である。いずれにせよ、参考判例②③が参考判例①をそのまま踏襲していることは疑問であるが、敷引特約は、本来賃料に含まれるはずの通常損耗の補修費用を賃料と別に徴収する趣旨であることを踏まえると、賃料・交渉力の格差に乗じて賃借人に明確な判断を許さない。その下で敷引金の相当性については、より慎重な判断が必要であろう。 なお、通常損耗の発生は賃貸借契約の性質上当然に予測され、その投下資本の原状回復は賃料によって行われるべきだから、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、建物の賃借人に予期しない特別の負担を課することになる。そこで、通常損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには、賃借人が補修費用を負担することになる旨の特約、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を認識して、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であり(最判平17・12・16判時1921号61号参照)、民法(債権関係)改正によって、通常の使用および収益によって生じた賃借物の損耗(通常損耗)と賃借物の経年変化が、賃借人の原状回復の対象外であることが明記された(621条)。 参考判例①の要件は、消費者契約法施行後のであったが、同法施行後、敷引特約の効力は消費者契約法10条によって争われるようになり、参考判例①が登場した。 (2) 更新料特約 更新料条項についても、参考判例③が、消費者契約法10条に反せず有効であると判断した。 この判例は、更新料が「一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の複合的性格を有するもの」であり、「更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないということはできない」とし、たとえ賃貸借契約書に一義的な記載がなされれば、更新料の額が賃料の額、契約が更新される期間等に照らし高額にすぎるなどの特段 の特段の事情がない限り、消費者契約法10条後段に当たらないとし、これを本件についてみると、本件更新料条項に最初に一義的に記載されているところ、その内容は、更新料を賃料の1か月分とし、それが賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって、上記の特段の事情が存するとはいえず、これをもって同法により無効とすることはできないとした。 関連問題 Y(携帯電話の移動通信サービスを提供している電気通信事業者)は、消費者Xとの間で、「XはYから移動端末の提供を受ける、毎月その利用料金を支払う」旨の携帯電話利用契約を締結した。Yは、携帯電話利用契約において、通常料金プラン2月の後、各料金が安く設定されている割引料金プラン2のいずれかを選択できるサービスを提供しており、Yは、いつでもいつでも解約でき、解約料は発生しないが、大部分の消費者が選択している割引料金プランの場合には、契約期間が2年間であり、この期間内(当初の契約日から2年後の月の翌月)中に解約すると、9975円の解約料が発生する契約条項となっている。そして、更新後の契約期間も2年間であり、中途解約については同様の内容となっている。このような状況で、Xは、中途解約にかかる本契約の定めが平均的な損害の額(消費者契約9条1号)を超えて無効であると主張した。この場合の平均的な損害の額はどのようにして算定されるべきか。 参考文献 丸山絵美子・平成23年度重判64頁 / 千葉恵美子・判例時報640号(判時2145号)(2012)154頁 / 大島・前掲・超過128頁 / 後藤巻則・判例時報644号(判時2157号)(2012)148頁 / 沖野眞已・消費者法判例百選(第2版)(2020)58頁 (後藤巻則)
民法1
ISBNコード: 978-4-7857-2991-2
共同不法行為
関連共同性
民法2
商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
製造物責任
家電メーカーの現地法人Bは、P国に工場をもち、電動ストーブを生産している。Dが独占ストーブは、Aによりわが国に輸入され、大手家電メーカーのブランドで量販店スーパーマーケットを中心に販売されている(商標をαとする)。 Kは、2024年11月1日、Dの経営する家電量販店で、αを1台、代金1万2千円で購入し、持ち帰った。Kは、購入したαストーブ(βとする)を子犬の大学生Xに渡し、Kは、自分の勉強部屋でβを使い始めた。βは、同年7月17日に被告が販売された商品であった。ところが、使用開始から数日経過した頃から、Xは原因不明の頭痛・不快感等に悩まされるようになった。Kは、2025年1月9日に、XをS大学病院で診察してもらったところ、Xの症状は「化学物質過敏症」とされるものの判定基準を満たすことが判明した。また、XとKは、医師との会話の中から、Xの症状がβから出る化学物質によるものではないかという疑いをもちうるようになった。そこで、Xは、翌日からβの使用をやめたが、症状は一向に改善しない。外出先でも頭痛・不快感に悩まされる機会が増え、将来の就職にも不安を感じている。Kは、βを専門の検査機関で調べてもらったが、そこのβの微量の化学物質が出ていることが判明した。 なお、Kは4LDKのマンションに暮らす4人家族であるが、家族にはX以外、症状は出ていない。また、αについては、「スイッチを入れたあとの臭いがきつい」との苦情がたびたびDのもとに全国で30件ほど寄せられているが、Xのような症状を訴える者は今のところ出ていない。現在は、2025年8月15日である。 あなたは、KとXから、Dの従業員に対して損害賠償請求をすることをと考えているが、法律上の問題点があれば教えてほしいとの相談を受けた。あなたは、どのような助言をするか。 ●参考判例● ① 東京地判平成6・3・29判時1493号29頁 ② 東京高判平成18・8・31判時1959号3頁 ③ 東京地判平成20・8・29判時2031号71頁 ●解説● 1 考えられる請求の方法 本問では、Xが請求権者となって損害賠償請求をしていく可能性と、Kが請求権者となって損害賠償請求をしていく可能性がある。 このうち、Xは、自己の健康に対する侵害を理由として、不法行為に基づき損害賠償請求をしていくことになる(なお、「第三者のための保護を伴う契約」の射程もあるが、この問題についてふれる文献は少なく、また、本書の読者層を想定したときに必ずしも言及に堪えないと考える。解説を省略する)。また、Kは、(解説の都合上、民法711条の適用に関する問題を問うとすれば)βの売主に対し、βの瑕疵を理由として損害賠償請求をしていくことになる。 以下では、まず、Xによる損害賠償請求の可能性、ついでKによる損害賠償請求の可能性について整理する。 2 B・A・Cに対するXの請求:製造物責任法3条に基づく損害賠償請求 Xによる自己の健康に対する侵害を理由とする損害賠償請求であるが、まず、請求の相手方を考えてみよう。 Xとしては、実際にβを製造したB、輸入したA、βにブランド名を付したC、そして、βを製造したDを請求の相手方として考えることができる。 このうち、B・A・Cについては、(民法709条による請求の可能性は否定されないとして)無過失責任を定めた製造物責任法3条に基づく損害賠償請求の可能性がある。 製造物責任法は、1994年に成立した法律で、1995年7月1日の施行日後に製造業者等が引き渡した製造物について適用される(それより前に引き渡された製造物による事故は、民法の規定によって処理される)。製造物責任法が適用されるのは、「製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る損害が生じた場合」である(製造物2条1項)。そこでの「製造物」とは、「製造又は加工された動産」であるから(同条2項)、本問におけるβは、これを満たす。また、製造物責任法で責任を負うのは、「製造業者等」であるが、ここには、当該製造物を業として製造・加工している者のほか、輸入業者や、製造業者として製造物に表示されたその他意図的な製造業者も認められる者が含まれる(同条3項)。その結果、B・A・Cは「製造業者等」として、製造物責任法3条に基づく責任を負担する地位にあるものといえる。 もっとも、製造物責任法3条の責任が成立するには、βが無過失責任であることのほかに、「欠陥」があったのでなければならない。ここにおける「欠ゅかん」とは、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」である(製造物2条2項)。しかも、同法4条・5条によれば、欠陥は、製造物の「引渡時」に存することが必要である。さらにいえば、製造物の「欠陥」が引渡時に存したことについて、被害者が主張・立証責任を負う。加えて、「欠陥」と損害・因果関係がないと損害との因果関係)も必要であり、これについても被害者が主張・立証責任を負う。その結果、製造物責任がもつ(過失の証明を必要としない)無過失責任であるとされたのに、「欠陥を立証できなければ、損害賠償請求が認められない」とか、「因果関係を立証できなければ、損害賠償請求が認められない」といった懸念も生じてくる。 こうした懸念に対しては、主張・立証の対象となる事実を被害者に有利にとらえることで対応することが考えられる。その手がかりとなる判決が、製造物責任法施行後の民法709条の不法行為の立証に関する「テレビ発火事件」(参考判例①)と称される判例にみられる。この判決は、仮に、「製品の性状が、社会通念上製品に要求される客観的な安全性を欠き、相当な危険性が残存すれば、その製品には欠陥がある」という見解をとり、この立場での「欠陥」を、「どのような危険を生じさせたのかという具体的な危険性、物理的、化学的要因」(物的な欠陥)から区別した。この言い回しは、製造物責任法のもとでも、「具体的な危険性、物理的要因、化学的要因」と欠陥の主張・立証責任の対象となる事実を要求しないとの整理につながる。また、この判決は、第2に、「物的な欠陥」から「引渡時の欠陥」を推認するという方法にも道を開いている。このようにして、欠陥についての主張・立証面での被害者の負担は軽減される余地がある。因果関係についても同様に考えることができる。 なお、製造物責任法3条に基づく請求を考えるうえでは、同条に基づく請求をすることのできる「損害」についても注意が必要である。同条本文によれば、損害賠償請求は、「引き渡した物の欠陥により人の生命、身体又は財産を侵害した」ことによって生じた損害である。これに対して、「その損害が当該製造物についてのみ生じたときは」、同条本文による請求は差抑えられる(同条ただし書)。本問では、Xへの健康被害が生じているため、このことは、同条ただし書に反する。 次に、こうして、製造物責任法3条に基づく損害賠償請求をされた「製造業者等」は、民法722条2項による過失相殺の抗弁(損害賠償義務の違反を理由とするものを含む)、判例によれば、民法4条1号に基づく「開発危険の抗弁」をなすことができるほか、製造物責任法4条1号に基づく「開発危険の抗弁」をなすことができるほか、製造物責任法4条2号・3号に掲げる事由を提出する余地がある。「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと」を内容とする抗弁である。もっとも、「認識可能性がなかったこと」が緩やかに解されてのでは、過失における「予見可能性」に近づき、「開発危険の抗弁」が「普通の抗弁」との変わりないものとなり、製造物責任を無過失責任として規定した趣旨に反する。それゆえ、同法4条1号を基準としている科学技術の基準については、製造業者の情報収集・研究能力いかんにかかわらず、引渡時点において入手可能な最高の水準のものが要求されているものと解すべきである。 なお、余力のある読者の方は、B・A・Cについて共同不法行為の成立する余地はないかどうかを検討しておればおもしろい(共同不法行為については→本書69頁参照)。 3 Dに対する請求:民法709条に基づく損害賠償請求 XがDに対して、自己の健康に対する侵害を理由として損害賠償請求をするには、Dに製造物責任法にいう「製造業者等」に当たらないゆえに、民法709条に基づく契約関係のない第三者への一般の不法行為による請求をすることになる。Xとしては、民法709条に基づいて損害賠償請求をするのである。損害賠償請求のためには必要な要件についても、証明を省略する。なお、Dからの抗弁についても、説明を省略する。 なお、B・A・Cへの損害賠償は、通説・判例によれば、不真正連帯債務となる。 4 Dに対するKの請求:契約不適合・債務不履行に基づく損害賠償請求 Kについては、自己に対し、直接的(かつ)に損害がない不適合があったことを理由として、損害賠償請求をすることができるか(564条・615条参照)。このときの要件(種類物売買における履行の提供が不完全)、Dからの反論の可能性などについては、本章の解説を参照されたい。 設問関連 本問について、Xから、さらに次のような質問があった。あなたとしては、どのように助言をするか。 (1) 「αから健康被害を受けた者は、私のほかにはいないようですが、このことは、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」 (2) 「実は、ここに相談に来る前に、私はαに似た電動ストーブを(あなたのいう化学物質や健康被害と疑われる症状はまったく同じです)D店舗の店員で相談したのですが、『βが原因で健康被害などありえません』といわれました。しかも、βについてはD店舗の保健所の苦情などで化学物質過敏症という症状を訴えている人は一人もいません」ともいわれました。このことは、私の損害賠償請求を認めてもらえるのでしょうか」 (3) 「化学物質過敏症という症状については、その定義をめぐって専門家の間でも確立していないとの記載もみかけますが、このこと自体、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」 (4) 「私が得ることができたであろう逸失利益(逸失利益)については、どのように算定されるのでしょうか」 また、同じく、Kから、さらに次のような質問があった。あなたとしては、どのような助言をするか。 (5) 「αから健康被害を受けた者は、Xのほかにはいないようですが、このことは、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」 (6) 「βに契約不適合があるかどうか考えるうえで、決定的な要因は何でしょうか」 (7) 「私は、βの診療の際の医療費・交通費などを支払いましたが、これらの費用は、誰が、どういう理由で、誰に対して請求すればよいのでしょうか」 (8) 「私は、βを返して、別の電動ストーブをもらいたいのですが、それは可能でしょうか」 ●参考文献● ★新美育文・争点298頁/潮見佳男「『化学物質過敏症』と民事違法論」根岸季雄編『現代社会における責任』(有斐閣・2007)169頁/飯塚和之・リマークス36号(2008)55頁 (潮見佳男)
民法2
商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
不法行為責任の効果
人身侵害
民法2
商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
過失相殺
2022年9月2日、Yは、原付バイクを運転して住宅街を走行中、子供用自転車に乗った5歳の幼児Xを追い越そうとした際に、バイクを自転車に接触させて、Xがバランスを失って自転車ごと転倒した。接触事故の原因は、Yが十分な間隔をとらないで自転車を追い越そうとした、また、急にXが進路を妨げたため、YがXを避けきれなかったことにある。Xの両親A・A'も、日頃、Xに対し交通安全を十分に教育していなかった。 Xは、転倒により右肘を骨折し、右膝にも打撲傷を負ったが、幸い、それ以外に怪我はなかった。医師の診断によれば、骨折は全治1か月、打撲傷は全治3週間とのことであった。Xは、9月10日になって、突然、右膝に激しい痛みを訴え、骨髄炎と診断された。これは、Xが以前に罹患した骨髄炎(Xは、2022年5月、右大腿骨に骨髄炎を発症し、7月までの治療を受けていた)が、本件事故の打撲の刺激が引き金となって再発したものである。この骨髄炎の治療のため、Xは、12月末までA病院に入院を余儀なくされたほか、左足に運動障害の後遺障害が残った。なお、右肘の骨折は、当初の診断どおり、9月末には完治した。 Xが、Yの不法行為に基づき損害全部の賠償を請求した場合に、Yは、どのような事由をもって賠償額の減額を主張することができるか。 [参考判例] ① 最判昭和39・6・24民集18巻5号854頁 ② 最判昭和42・6・27民集21巻6号1507頁 ③ 最判平成4・6・25民集46巻4号400頁 [解説] 1. 総説 (1) 問題の所在 不法行為による損害の発生・拡大には、しばしば、加害者側の行為以外の原因が関与する。このような場面で、加害者に損害の全部を理由として責任の全部を負わせるのは、公平の見地から妥当ではない。そこで、民法は、不法行為において被害者にも過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、と規定している(722条2項)。これを過失相殺という。 この問題について、民法は、被害者の過失があった場合に損害額を減額しうるとする。もっとも、同条を、単に「被害者の過失」が問題となる場合に限定する趣旨と解するべきか。判例・学説は、同条を、損害の公平な分担を図る趣旨の規定と解して、加害者の過失と被害者の過失が競合している場合に限らず、もっぱら被害者の過失のみによって損害が発生した場合(自損事故)や、双方に過失のない不可抗力によって損害が発生した場合にも類推適用される、と解している。 (2) 過失相失の要件 まず、Yの過失とXの損害との間では、過失相殺の要件として、被害者の側に過失が認められることが要求される(「被害者に過失があったとき」)。 かつての判例は、過失相殺について、責任成立要件とパラレルに被害者の責任能力を要求するとともに、その立場に立って、加害者の責任能力を要求する立場と相俟って、20世紀後半まで、交通事故が急増する中で、最高裁は、判例により事理弁識能力について、論者にとって有利な判断が示された。 2. 被害者側の過失 (1) 被害者本人の過失 被害者本人に過失が認められるためには、被害者に事理を弁識するに足りる知能(事理弁識能力) が必要である。この事理弁識能力は、不法行為責任が認められるための責任能力(712条)よりも緩やかに解されており、判例は、5~6歳程度を基準としている。本問のXは5歳であるから、事理弁識能力の有無が微妙である。 ところで、被害者の能力の問題と深く関連する判例理論として、最高裁は、同時期に、「被害者側の過失」論を展開した。それは、民法722条2項の過失は、被害者本人の過失だけでなく、広く被害者側の過失、すなわち「被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失」が含まれるのであり、「被害者側」が幼児である場合に、「被害者側の過失」は、被害者の監督者たる父母が負う身上監護義務違反としての過失を意味するものではないので、その者の過失をいう(参考判例②)。 この事例によれば、被害者に事理弁識能力がない場合であっても、その父母らが被害者の過失を防止しなかった監督義務違反が問われれば、その父母の監督義務違反の有無が「被害者側の過失」として斟酌されることになる。このような取扱いは、その後も、被害者本人の事理弁識能力を前提として、その監督義務違反という形での過失相殺を、被害者本人の事理弁識能力を前提に、その監督義務違反という形での過失を、実質的に被害者の事理弁識能力を擬制化するものである(なお、被害者側の過失は、父母の監督義務違反のほかにも、まったく異なる機能をもつ。この点については、最判昭和31・25民集30巻2号160頁を参考に後期提出を検討されたい)。 最後の点を捉えて、学説は、判例の論理構成をさらに一歩進める立場も有力化している。この見解によれば、被害者の過失の有無・程度をもっぱら行為の客観面(態様)から判断することを提唱する。被害者の能力をそもそも過失相殺の要件から除外する。このような構成によれば、被害者が事理弁識能力を欠く場合にも、被害者側の過失を介在させることなく直接に、被害者本人の過失を認めて過失相殺をなしうることになる。 (2) 被害者の素因 被害者が有する身体的な特徴(素因)が損害の発生・拡大に寄与した場合、これを過失相殺において斟酌できるか。判例は、疾患については、原則として、被害者側の過失として斟酌することを否定している(最判平成8・10・29判時1593号63頁)。なぜなら、人の生命・身体は、人の人格的利益の根幹をなすものであり、その人の個性(疾患の有無やその程度、体質など)を尊重すべきだからである。 もっとも、判例は、その疾患が「治療の機会を逸したことに起因する」など、被害者側の過失と同視できるような事情があるときは、例外的に斟酌を認めている。 本問でXが骨髄炎に罹患していたことは、身体的素因に当たる。Yの不法行為がなければ骨髄炎の再発はなかったのであるから、原則として斟酌は否定される。しかし、Xの親権者であるA・A'が骨髄炎の治療を怠っていたなどの事情があれば、例外的に斟酌される余地がある。 (3) 過失相殺の方法 過失相殺は、損害の発生・拡大に関する当事者双方の過失の割合を比較衡量して行われる。具体的には、認定された損害額の全体から、被害者側の過失の割合に応じて減額される(判例)。 本問のXの損害額については、①右肘骨折と右膝打撲による傷害、②骨髄炎の再発による傷害と後遺障害とに分けて考える必要がある。①については、Yの過失と、X本人(5歳児の飛び出し)およびA・A'(監督義務違反)の過失とが競合している。②については、これらに加えて、Xの素因(骨髄炎の既往症)が関与している。これらの事情を総合的に考慮して、過失相殺の割合が決定される。 [関連問題] 2022年9月7日の夜9時頃、Aが、自家用車(甲車)を運転してX県Y市Z町を走行中、幹線道路上でUターンを行って反対車線に乗り入れようとした際に、ちょうど反対車線を走行してきたY運転のトラック(乙車)との衝突事故を起こした。この事故により、A・Yがそれぞれ軽傷を負ったほか、Xが、背部挫傷の重傷を負って身体が不随となった。 本件事故の原因は、次のとおりである。AがUターンを行った場所は、交通量が多いため転回禁止区域に指定されていたうえ、Aは、乙車が自車(甲車)に気づいて速度を緩めるものと軽信していた。他方、Yは、携帯電話を操作しながら乙車を運転しており、甲車の動静にまったく気づいていなかった。 XがYに対し損害全部の賠償を請求した場合に、Yは、どのような事由をもって賠償額の減額を主張することが考えられるか。 [参考文献] 橋本佳幸・百選Ⅱ 212頁/高橋成光・基本判例 187頁/橋本佳幸・注釈456号(2018)38頁 (橋本佳幸)
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商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
名誉毀損・プライバシー侵害
Xは、市の福祉事務所に勤務する地方公務員である。Yは、インターネット上の公開の記録サイトに「Y市福祉事務所職員を装う腐りきったXを許すな」と題する投稿を行った。2023年12月ごろ、生活保護の相談のために福祉事務所を訪れたことのある20代の男性が孤独死する事件が発生した。Yはかねがね生活保護行政のあり方に疑問を抱いていた。Xは、独自の調査を行い、①B相談員を担当していたXに「生活保護受給を断られたため自殺した」として、②Xを「福祉事務所所属」として「当人の責任を忘れ他人に責任転嫁な公務員」と表現して批判したうえで、③Xの氏名、住所および電話番号を記載した記事(以下、「本件記事」という)を前記サイトに投稿して公開した。 生活費に困らない程度の収入もあったが、公的扶助の支給要件改善制度を創設し、福祉事務所として相談を絶たなかった。Xは、Yに対し、この記事の削除と慰謝料の支払いを求めて訴えを提起した。 [参考判例] ① 最判昭和41・6・23民集20巻5号1118頁 ② 最判平成15・3・14民集57巻3号229頁 ③ 最判平成15・9・12民集57巻8号973頁 [解説] 1. 名誉毀損 (1) 名誉 名誉とは、「人がその品性、徳行、名声、信用その他の人格的価値について社会から受ける客観的な評価」(社会的評価)をいう。名誉毀損とは、この社会的評価を低下させる行為である。 民法723条の文言と異なり、名誉感情の侵害を問題とするものではない。また、名誉毀損が成立するには、具体的な事実を摘示するほうが、意見や論評を表明する場合よりも、社会的評価を低下させる蓋然性が高い。 (2) 事実の摘示による名誉毀損 本件記事は、Xの社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断される(大判大正3・10・12民録22輯1879頁参照(原審))。特定の人物に対する行為であっても、不特定または多数人に伝播する可能性があれば、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断される。 また、Xに興味本位の記事内容を掲載することは、名誉毀損が成立し得る(最判平成9・5・27民集51巻5号2000頁、最判平成24・3・23判時2147号61頁)。 (3) 意見・論評による名誉毀損 本件記事は、「証拠等をもってその存在を証明することが可能な他人の特定の事項」を前提に、その内容が人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものである場合でなければ、名誉毀損は成立しない(最判平成9・9・9民集51巻8号3804頁)。事実の摘示による名誉毀損については、表現の自由との調整を図るため、刑法230条の2の公共の利害に関する場合の特例と同じ趣旨の免責要件が認められている(参考判例①、最判平成58・10・20判時1112号4号)。すなわち、①もっぱら公益を図る目的に出た場合には、「公共性」、②摘示された事実がその重要な部分について真実であることが証明されれば「真実性」、③摘示された事実がその重要な部分について真実である、と信じるについて相当の理由があるとき「相当性」のいずれかを満たせば、不法行為は成立しない。その事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があるときは(相当性)、故意・過失が阻却されるため、不法行為は成立しない(最判昭54・4・18刑集33巻3号94頁(刑事事件))。 公務員の犯罪や公務員に関する事実は原則として公共性を有する(同28条2項・3項参照)。③公益目的性については、「もっぱら」という文言は厳格に解されておらず、主たる動機が公益目的であればよい(最判昭24・8・18刑集未登)。 なお、②真実性の判断は、摘示された事実が事後的に真実であるかどうかで判断される。ある行為が、行為時には存在しなかった情報をもとに判断されるため、③相当性の判断は、行為時における行為者の認識内容が問題になるため、行為時には存在した証拠に基づいて判断される(最判平14・1・29判時1778号90頁)。本件記事のうち、Yが相談を拒絶したために生活困窮を余儀なくされたと解したとしても、Yがその事実を真実と信じるについて相当の理由があったと解することが可能であり、事実の摘示に当たる。 (3)意見ないし論評による名誉毀損 意見ないし論評による名誉毀損については、①前提としている事実が重要な部分において真実であることの証明があるか、②意見ないし論評が人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでないこと、の2つの要件を満たす場合には、違法性が阻却される(最判平9・9・9民集51巻8号3804頁)。本件記事のXに対する意見・論評は、①公共性、②公益目的性について真実であることを前提に、②その事実の重要な部分について真実であるとの証明があり、または③その重要な部分について真実であると信じるについて相当の理由があるときには、④人身攻撃などに及ばない限り、意見ないし論評としての域を逸脱したものでもない。ただし、②と④が区別できない場合もある。 (4) 救済方法 名誉毀損の不法行為が成立すれば、被害者は、加害者に対して、損害賠償を請求することができるほか(709条・710条)、名誉を回復するのに適当な処分(名誉回復処分)を請求することができる(723条)。謝罪広告は、訂正広告又は広告記事掲載の実施を実質上の強制として、その強制執行は許されない(最判昭31・7・4民集10巻7号785頁)。名誉回復処分請求権は、一身専属権とは解されておらず、相続の対象となる。 また、名誉毀損の被害者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、または将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる。ただし、出版物の頒布等の表現行為の事前差止めを求める場合には、①その表現内容が真実でなく、または②それがもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、③被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限って例外的に許される(最判昭61・6・11民集40巻4号872頁)。 2. プライバシー侵害 (1) プライバシーの権利 プライバシーの権利とは、私生活上の事柄をみだりに公開されないという法的な保障ないし権利である。 公開された内容が真実であってもプライバシー侵害は成立し得る。 プライバシー侵害の要件は、①私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること(私事性)、②一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、③一般の人々に未だ知られていない事柄であること(非公知性)である(最判平6・2・8判時1517号67頁)。この要件を満たす場合は、原則としてプライバシー侵害となる。 プライバシー侵害が成立しないためには、公開されることによって得られる利益と、プライバシーを侵害されることによって失われる利益とを比較衡量して、前者が後者を上回る必要がある。 本件記事に記載されたXの氏名、住所、電話番号は、いずれもプライバシー情報に該当する。 (2) プライバシーと表現の自由 前科に関わる事実は、これを公開されない利益が優越する。前科を有する者は、社会復帰を阻害されないという利益を有するからである(参考判例②)。 プライバシー情報に当たるのは、①その事実を公表されないことによる利益と、②これを公表することによって得られる利益とを比較衡量し、①が②に優越する場合である。 本件記事は、Xが相談を拒絶したとの摘示が真実でないとすれば、公共の利害に関する事実とはいえない。Xの氏名、住所、電話番号を公開することは、Xに対する人身攻撃などの目的である。 (3) インターネット上のプライバシー侵害 個人のプライバシーに属する情報を違法に侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害を排除し、または将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる(最判平6・2・8判時未登載)。 プライバシーに属する情報を違法に公表する事業を営む者に対しても、プライバシーに属する情報を違法に公表された者は、人格権に基づき、その記事等の削除を求めることができる。 (4) プロバイダ責任 プロバイダ責任制限法は、プロバイダ等の損害賠償責任の制限および発信者情報の開示を請求する権利を定めている。 インターネット上の人権侵害に対しては、プロバイダ(サーバーの管理者)に人権侵害情報の削除を請求することもできる。 3者間の利益を考慮した上で、比較衡量により、権利侵害の明白性が肯定される場合に、差止めが認められる。 また、プロバイダに対する発信者情報開示請求も認められる。 50 未成年者と監督義務者の責任 Yの未成年の子であるAは、ある平日の夕方、通っている学校の友人Xと共通の友人Cの3名で集まり、学校の近くにあるY所有の遊休地で野球をすることになった。ジャンケンで決め、Aは最初、捕手、Cは投手として野球を始めたが、暴投したCのボールがAの眼鏡に当たり、眼鏡が大きく歪んでしまった。 数分後、Aは歪んだ眼鏡を掛けたまま、Cと交代して投手になった。Aは、Cに対して、「さっきはよくもやってくれたな。今度はこっちの番だ」などと叫び、興奮した様子で、硬球をCの顔面に向けて投げつけた。Cは、これを避けようとして身をかわしたが、Aの投げた球はCの背後にいたXの右目に当たり、Xは失明した。 Xと両親は、Yに対し、Aの不法行為により生じた損害の賠償を求めて訴えを提起した。 [参考判例] ① 最判平成27・4・9民集69巻3号455頁 ② 最判昭49・3・22民集28巻2号347頁 ③ 最判平成18・2・24判時1927号63頁
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商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
未成年者と監督義務者の責任
Yの未成年の子であるAは、ある平日の夕方、通っている学校の友人Xと共通の友人Cの3名で集まり、学校の近くにあるY所有の遊休地で野球をすることになった。ジャンケンで決め、Aは最初、捕手、Cは投手として野球を始めたが、暴投したCのボールがAの眼鏡に当たり、眼鏡が大きく歪んでしまった。 数分後、Aは歪んだ眼鏡を掛けたまま、Cと交代して投手になった。Aは、Cに対して、「さっきはよくもやってくれたな。今度はこっちの番だ」などと叫び、興奮した様子で、硬球をCの顔面に向けて投げつけた。Cは、これを避けようとして身をかわしたが、Aの投げた球はCの背後にいたXの右目に当たり、Xは失明した。 Xと両親は、Yに対し、Aの不法行為により生じた損害の賠償を求めて訴えを提起した。 ところが、Aが10歳である場合と14歳である場合とを想定して答えよ。 [参考判例] ① 最判平成27・4・9民集69巻3号455頁 ② 最判昭49・3・22民集28巻2号347頁 ③ 最判平成18・2・24判時1927号63頁 ④ 最判平成28・3・1民集70巻3号681頁 ⑤ 最判平成7・1・24民集49巻1号25頁 [解説] 1. 前提 (1) 未成年者の行為についての親権者の責任 本問のように、未成年者の行為により第三者に損害が生じた場合、その親権者は賠償責任を負うか。念頭に置くべき条文は2つある。1つは、一般不法行為責任の根拠条文たる民法709条であり、もう1つは不法行為者の親権者の賠償の範囲を定める民法709条である(監督義務者責任)。 両者の関係は一見しただけでは明らかではないが、後述するように、不法行為責任を負う者を「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていない」場合(責任能力)と「備えている」場合に分けて考えるのが出発点となる。 (2) 責任能力なき未成年者の親権者の責任 直接の監督義務者に加え、未成年者を監督する義務のある者(法定監督義務者)は、監督義務者として責任を負う(714条)。この場合、同条は、①「自己の行為の責任を弁識する」という観点でみて、不法行為責任を定める民法714条1項に制約がある。すなわち、同条は、「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において」(同712条・713条)と定めている。これを「監督義務者の責任」という。 (3) 責任能力ある未成年者の親権者の責任 責任能力ある未成年者の親権者たる監督義務者は、自己の行為の責任を弁識する能力があるため、その者自身は不法行為責任を負わない(712条・713条)。かつては、過失の主観的理解(意思の緊張の欠如)を前提に、過失の客観的理解(予見義務と結果回避義務違反)が定着した現在、責任能力を過失と切り離し、能力の低い者(一定の精神障害者)を政策的に保護する制度と捉える見解が有力化している(もっとも、当該見解内でもバリエーションがある)。 自己の行為の責任を弁識する能力は、もっぱら、法律の存在の有無を問題にするわけではない。 2. 責任能力なき未成年者の監督義務者の責任 (1) 責任能力 未成年者の場合、責任能力の有無は、行為の当時における年齢や判断能力、行為の態様などを総合的に考慮して、個別具体的に判断する必要がある。本問へのあてはめを考えれば、Aが10歳であれば、責任能力は否定される。他方、14歳であれば責任能力ありと判断されるだろう。以下、これらを前提に議論を進める(YはAが10歳である場合のみ)。 (2) 監督義務の内容 監督義務者が負う責任は、①直接の監督にあたる者、②代理監督者、③法定監督義務者の3つの類型に分かれる。監督義務者は、責任を免れるには、監督義務を尽くしたことを証明しなければならない。 監督義務は、①子供の生活全般について、一般的なしつけ・指導を行うという抽象的なもの、②子供の個別具体的な行為(危険な遊びなど)をやめさせるという具体的なものに分けられる。 判例は、11歳の少年Aが、放課後、自身が通う小学校の校庭でサッカーボールを用いてフリーキックの練習をしていたところ、ゴールに向けて蹴ったボールが道路上を走行していた自転車に衝突し、運転していた高齢の男性が転倒して死亡したという事案で、親権者の監督義務違反を否定している。 (3) 本問 YがAについて把握していた情報に鑑みると、Aによる投球行為の具体的予見可能性があったとはいいがたい。しかし、参考判例①がいうように、Aは「人身に危険が及ばないよう注意して行動する義務」に違反したといえる。そうした監督義務は、「通常は人身に危険が及ばないよう注意して行動する義務」に当たる。 しかし、本件投球行為は、「通常は人身に危険が及ばない行為」ということができるだろうか。通常は人身に危険が及ばない行為、Yが責任を免れるためには、危険な行為に及ばないよう日頃からAに注意を促していただけで足りず、Aの行動を常に監視し、その都度、適切な指示を与えていたことの立証が必要となる。 3. 責任能力ある未成年者の親権者の責任 (1) 民法709条に基づく責任の可能性 直接の加害者たる未成年者が責任能力者である場合、親権者に対し民法714条1項に基づく責任追及をすることはできない。しかし、一般不法行為責任を定める同法709条に基づく責任追及は妨げられないはずである。ここでも親権者の監督義務違反が内包として想定されるのは監督義務の違反であるところ、参考判例③は、「未成年者が責任能力を有する場合であってもその監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法714条の規定が右解釈の妨げとなるものではない」と判示することで、責任能力ある未成年者の親権者も監督義務を負いうることを認めた。 民法709条の責任の追及が可能であることにより、被害者が実際に賠償を得る可能性は高まる(当該未成年者は責任能力を有するがゆえに資力に乏しいのが通常だからである)。ただし、709条責任ゆえに、同法714条1項の責任とは異なり、監督義務違反の立証責任が被害者に課される点に注意を要する。 (2) 監督義務の内容 この場合の監督義務はどのようなものか。①直接の加害者による他益侵害の具体的予見が予期される場合にそれを防止すべく監督する義務と、②具体的危険の予見可能性の有無にかかわらず何らかの監督を及ぼす義務とが想定されうることは2(2)と同じであるところ、責任能力ある未成年者の場合でも③を含みうるのかをみるのに限定するのが参考判例③である。この問題の分析に資するのが参考判例③である。 事案は、数々の非行歴があり、少年院送致の処分を繰り返していたA(いずれも19歳)が、少年院を仮退院して保護観察に付され、一般遵守事項に加え特別遵守事項(交友を選ぶこと、深夜に徘徊せぬこと、保護司に面会すること等)が定められたにもかかわらずこれらを遵守せず多額の借財を重ね、深夜に徘徊して友人らと遊興する等していたところ、自己の借財の返済等を容易にするため、勤務先で知り合ったBを脅迫して多額の金員を喝取し、Bが出所した男性Xを強盗して傷害を負わせ金銭を強取したというものである(XがAらからのYにYらが親権者としてAらに対し得る影響力は限定的なものとなっていったといわざるを得ないから、Aらに親権者の遵守事項を確実に守らせることを求める適切な手段は存在していたとはいい難い」として、またAらは19歳を超えて少年院を仮退院して以来本件に至るまで特段の非行事実はなく、Yらに「おいて、……Aらが本件のような犯罪を犯すことを予見し得る事情があったということはできない……し、Aらの生活状態が直ちに非行に結びつくような状態にあったということもできない」として、Yらの監督義務違反を否定した。 本判決が親権者の監督義務を否定したのは、保護観察の遵守事項を守らせる義務および少年院への再入院を求める義務という、法益侵害の回避に向けた具体的な措置であり、しかも特に未成年者の具体的非行の予見可能性を前提とするものとされていることから、上記の想定されているといえる。もっとも、このことは、責任能力ある未成年者の親権者にはそれ以上の義務を負わないという分析に直結するわけではない。責任能力を備えた段階後も、未成年者は精神的に未熟な状態にあり、親権による監督の必要性は、未成年者の年齢・生活状況に応じて徐々に薄れていくものである。こうした捉え方を具体化して、加害行為の危険性に対応した監督義務を認める(参考判例③)。 (3) 本問 Aによる投石行為の具体的危険の予見可能性がYにあったとはいいがたいことは2(3)と同様である。責任能力ある未成年者の親権者の監督義務が法的利益の具体的危険が予見される場合にそれを防止する義務に限定されるとすれば、Yの責任は認めがたい。しかし、14歳のAとの関係でも、親権者の責任をいきなりゼロにするのではなく、Xによる投石行為の具体的危険が予見されると解する場合は、2(3)と同様の結論となりうる。また、YはAの放課後の行動の詳細を把握していなかったところ、(具体的危険を予見すべき義務を予見しうる)日常的な監視の不十分性を捉えて監督義務違反を肯定することも考えられよう。もっとも、民法709条を根拠とする限り過失・因果関係の立証責任は被害者Xにあるところ、これらの証明を要とする場合、事実上の推定(さらには立証責任の転換)の可能性もさらに考えるべき課題となりうる。 (4) その他 民法704条但書によれば、監督義務者に監督義務違反という過失に基づく、不法行為者たる未成年者の行為についての責任(社会の耳目を集めた参考判例③参照)や代理監督者(714条2項)の責任(最高裁判例昭49・11・27判時764号78頁、福岡地裁小倉支部判昭56・8・28判時1022号113頁等)もあわせてみた場合、さまざまな客観類型を適用範囲に含む714条(=709条)の規定の射程を拡張し、監督義務者の内容・程度(および立証責任の所在)の調整により状況適合的な判断枠組みを構築しようというものが、判例の基本的スタンスといえよう(本文に反して責任能力が定着している使用者責任と対比せよ)。もっとも、その具体像は不明瞭な点を多く残すほか(関連問題も考えよ)、本法行為法改正の気運を考慮に入れたとき、立法論的吟味が今後の重要課題となる。監督義務者責任に責任能力制度を連結させる現行条項の可否、2(1)でふれた第2の立場の少なくとも部分的な採用可能性、さまざまな監督義務類型を同じく過失責任の構造に服せしめることの適否等、考えなければならない事柄は多い。
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商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
高齢者と監督義務者の責任
Aは高齢であり、認知症と診断された。そこで、息子であるXとその妻X' (いずれも40代後半)がAと同居し、XはAの成年後見人選任、デイサービスに関する契約等を代理して行った。また、Aが在宅している間は、主にX'がAの介護を引き受けていた。当初、Aは1人で勝手に外に出てしまうなどの問題行動も時々見られたが、その後はX'らの介護によりトラブルになったりすることが数回続いた。それ以降、XとX'は、Aが外出する際には可能な限りどちらかが付き添うようにしてきた。 ある日曜日、Xは急な仕事で外出しなければならず、X・Y宅にはAとX'だけがいた。16時頃、Aは突然散歩に出かけて行ったと言い出した。最近の数日間、Aの精神状態が不安定な日が続いていたことから、Xは不安を感じ、付き添おうかとも考えたが、疲れていたためいったんはそのまま見送ることにした。「すぐに帰ってきて下さいよ」とだけ告げた。その直後、Aは、X・Y宅から5キロほど離れた駅の構内で、まったく面識のないYを突き飛ばした。 加害行為当時、Aは責任無能力だったものとする。Yは、Xに対して、治療費や逸失利益等の損害の賠償を請求することができるか。 [参考判例] ① 最判平成28・3・1民集70巻3号681頁 ② 福岡高判令2・5・27令元(ワ)102号(2020WLJPCA05278002) ③ 最判昭和49・2・28民集28巻2号347頁 ④ 京都地判平30・9・14判時2417号65頁 [解説] 1. はじめに 本問のように、精神上の障害により責任能力を欠く者が他人に加えた損害について、その者を監督する者の責任が問題となる場合、その可能性があるとして次の3つが考えられる。第1に、民法714条1項に基づく監督義務者の責任である。第2に、参考判例①がいわゆる「法定監督義務者」が定立した、同条2項による監督義務者の責任である。第3に、民法709条に基づく一般不法行為責任である。なお、婚姻の届出および当事者の年齢の登録を前提としており、夫婦間における協力扶助義務を定めた民法752条を根拠とする監督義務者の責任は、法定監督義務者には当てはまらない。 2. 法定監督義務者責任 (1) 責任の性質 民法714条1項が定める監督義務者の責任は、責任無能力者の行為一般についての抽象的な監督義務への違反が求められることとなる。離婚届および互いの証明責任の証明責任を定めるこの点において、民法714条による一般不法行為責任よりも厳格なものだと言われてきた。もっとも、このうち後者は条文上明らかにしがたいし、前者も当然的なものではない。 (2) 従来の判例 精神上の障害により責任無能力とされた者(具体的には1999年まで)、法廷監督義務者が同条の定める責任を負う者として、成年被後見人の保護者は精神保健福祉法上の保護者(それ以前は禁治産者)であった。その背後として、精神障害者の民法858条1項は、成年後見人の財産上の行為に関する法定代理権を定め、同「身上配慮義務」を定めた。同じく同法改正後の精神障害者の配偶者については、精神障害者の自助努力を助長する趣旨を強調するこれらの規定が、民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する義務」の義務に当たると解されていたわけである。 (3) その後の変遷 しかし、この状況は、1999年を境に大きく変わることになる。この背景として、成年後見人法については、1999年の民法改正により、後見・保佐・補助の3類型が設けられ、成年後見人の職務も、もっぱら財産管理に限られることになった。その上で、同法改正により、成年後見人はもはや身上監護の権限を有しないことになった(858条)。その上で、同法改正により、成年後見人はもはや身上監護の権限を有しないことになった。 また、保護者については、1999年の精神保健福祉法改正により、保護者制度が廃止されるに至った。さらに、その後の2013年改正によって、保護者という制度そのものが廃止されるに至った。いずれについても、精神障害者のノーマライゼーションとその家族の負担軽減が重視されるようになったことが背景としてある。 (4) JR東海事件判決による法創造 以上のことから、参考判例①は、1999年改正後の民法および精神保健福祉法における法定監督義務者の射程を、その文言に忠実に、法定監督義務者に当たるものではないとした(もっとも、具体的監督義務との関係では、精神障害者について、協力扶助義務(752条)を根拠に、法定監督義務を認めるなど、最高裁が示した新たな解釈筋論と矛盾する)。 (5) 本問の整理 以上によると、本問のXは、Aの成年後見人ではあるものの、そのことだけを理由に法定監督義務者として扱われることはないということになる。 (6) 補論:法定監督義務者の可能性 なお、以上の判例によると、現行法の下で精神障害者の法定監督義務者に当たるものが存在し得るかどうかは明らかではない。そのように述べられるべきもっとも有力な候補は、精神障害者が入院する精神科病院の管理者等がそれに当たるとするものである。 3. 準監督義務者該当性 (1) 準監督義務者 — 判例による法創造 参考判例①は、法定監督義務者に当たらない者であっても、それに「準ずべき者」については、民法714条1項の類推によって損害賠償責任を負う余地を認めている。かねてから、法定監督義務者に当たらない配偶者に、監督義務者の範囲を広げ、かつて、「事実上の監督義務者」という法理を創造する見解は有力だった。しかし、参考判例①が成年後見人という法定監督義務者の範囲を画したことから、今後これが議論に堪えられる。 (2) 判例の判断枠組み 参考判例①によると、ある者が準監督義務者とされるのは、「①その責任無能力者との身分関係や日常生活における接触の状況に照らし、②その者の監督を引き受けたと評価できる特段の事情が認められる場合」である。そして、そうした場合には、その者の「①その者の近接状況や心身状況とともに生活実態にも即応して、②精神障害者の親族間の有無・濃淡、③精神障害者の日常的な援助の内容、④精神障害者の心身の状況や加害行為との関連の有無・内容、これらに対応して行われている生活や介護の実態など」の諸般の事情を総合的に考慮して、④その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能で容易であるなど客観的な見地から準監督義務が認められるか否かという観点から、その者が引き受けるべきだとされる。 (3) 第三者への配慮義務の射程 参考判例①の判断枠組みの内実は、この基準を厳格に解釈するかぎりではない。しかし、これを柔軟に解すると、準監督義務者の射程は際限なく広がる。 これら2つのリスクを回避するために、準監督義務の射程を判断するに当たっては、①その者が精神障害者の生活全般について責任を引き受け、他者の関与を排してこれを支配し、その結果、その者の「①その者の近接状況や心身状況とともに生活実態にも即応して、②精神障害者の親族間の有無・濃淡、③精神障害者の日常的な援助の内容、④精神障害者の心身の状況や加害行為との関連の有無・内容、これらに対応して行われている生活や介護の実態など」の諸般の事情を総合的に考慮して、④その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能で容易であるなど客観的な見地から準監督義務が認められるか否かという観点から、その者が引き受けるべきだとされる。 4. 監督義務違反 (1) 監督義務のハードル 以上の監督義務が認められた者であっても、監督義務を遵守したことを証明できれば、責任を免れることができる。この責任をどの程度容易に認められるかという点については、以下のように、精神障害者の行為についての責任の成否は、①その者の(準)監督義務者である。 また、民法714条1項の文言に反するが、責任を負う者による損害のてん補が、同法709条が定める過失の一般原則からすると、監督義務者は、責任無能力者の生活全般にわたって適切な監督をしなければならない。 (2) 監督の困難性 しかし、その一方で、①には、「責任を問うのが相当と言える客観状況」の有無が問題とされている。これをその事例での判断をどこまで求めるかという判断は、監督義務を肯定すべきである。 これらを総合的に考えれば、監督義務の射程は①の要件を満たすか、②には監督の「可能性」の程度と、「困難性」の程度、③監督の「容易性」の程度と、「接触状況」の程度、④には監督の「実効性」の程度という5つの点に分解され、これらを総合的に考慮すべきだということになる。 (3) 同意の理論 以上の2つの視点の関係をどう整理すべきかは明らかでない。一方で、①は②を判断する際の「視点」にすぎず、あくまで基準は①だと捉えることもできる。 以上の法的な問題点を整理すると、①は②とみて、②ではあくまで監督義務を引き受けたと見ることのできる「べき論」のレベルで、これを総合的に考慮すべきだということになる。 (4) 監督義務違反の有無 以上のうちいずれの解釈が適切かは、準監督義務者の認定と効果をどれほど重大とみるか、具体的には監督義務のハードルをどの程度とみるかに左右される。この点については、後述する。 (5) 具体的判断 本問について、以上のいずれの視点に立って、まず、監督義務の射程をXとX’に広げる。XとX’によるAの監督の有無をどう評価するかが重要となる。本問でのXとX’の監督の監督の監督義務の内容は、Aの行為への関与の程度、これをあえて問題視する。 5. 民法709条に基づく責任 以上のほか、本問で問題となるのは、ほぼないが、結果の具体的予見可能性と結果回避義務が認められる場合には、監督義務者の有無にかかわらず、民法709条による責任が生じ得、これを直接の過失と結びつけて過失の立証責任を転換する考え方も示唆されている。さらに、介護の分担を含め介護の自信がもてるかどうかという観点からすると、これに尽きる。 また、民法709条を根拠に、これを積極的に評価すべきだという見解もあり得なくはない。 以上のほか、本問で問題となるのは、ほぼないが、結果の具体的予見可能性と結果回避義務が認められる場合には、監督義務者の有無にかかわらず、民法709条による責任が生じ得、これを直接の過失と結びつけて過失の立証責任を転換する考え方も示唆されている。 [関連問題] Aは、交通事故の障害によりてんかんを患っていた。医師からは、抗けいれん剤を服用するよう指示されており、また、服薬していても発作のおそれがあるとして、自動車の運転はしないように言われていた。 Aは、勤務先であるB社に対してこのことを報告したまま、自動車を運転する業務に従事していた。ある日、Aは、乗用車として自動車を運転している最中に発作を起こし、歩行中のCをはねて死亡させた。 Aの親族であり、Aと同居しているYは、普段、自動車の運転をやめるようにAに忠告していた。 この場合、Aの相続人、Y、B社の相続人が損害賠償を請求できるか(参考判例①参照)。 [参考文献] 瀬川・民法判例153巻5号(2017)698頁/瀬川・民法判例三木・北法医学雑誌第71巻6号(2021)1788頁 (長野史寛)
民法2
商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
使用者責任
札幌市の住宅街を中心に、クリーニングの店舗を展開するA社(従業員60名)の社長B(50歳)は、学生の頃から障害者の自立を手助けするボランティア活動に参加しており、いつか自分の店舗でも障害者を雇用したいと考えていた。Bは、A社の従業員数が増加して、障害者雇用促進法の定める法定雇用率を達成する目的もあって、2021年4月1日から、知的障害者C(43歳)を雇用し、札幌市北区の店舗に配置し、ドライ洗いやアイロンがけの仕事に従事させていた。Cは、1つひとつの技術を習得するのに他の従業員よりも時間がかかったが、いったん習得した仕事は、真面目に、確実にこなしていた。 さて、2022年4月1日、Cは、店の新人歓迎会に他の従業員とともに参加した。Cは、かくし芸として手品を披露したが、簡単に見破られてしまい盛り上がりに欠ける結果に終わった。翌日、就業時間10分前に、同じ店の従業員D(33歳)が、アイロンプレスの機械の作動準備をしているCのところに行き、「昨日のあんたのかくし芸、受けなかったねえ」としつこくからかった。最初、Cは相手にしていなかったが、3、4分間、しつこきにまとわれ、また、右肩を小突かれるなどしたため、CがDとうとう「いい加減にしてくれないか」といってDを振りほどいたが、その際に、右手に持っていたアイロンプレス機がDの額に当たり、Dは顔面に大やけどを負うに至った。 そこで、DはA社に対して、損害賠償を請求する訴訟を提起した。Dの請求は認められるか。現時点は2022年7月とする。 ●参考判例● ① 最判昭和39・2・4民集18巻2号252頁 ② 最判昭和51・7・8民集30巻7号689頁 ③ 最判昭和58・3・31判時1088号72頁 ●解説● 1 使用者責任の帰責構造 本問のCは、知的障害者の社会参加に熱心のあった社長Bのもとで真面目に働いていたCであったから気の毒に負傷している。このような善意は報われねば気の毒であり、Dの損害回復にみてみぬふりはしがたい。こんなDの請求を認めれば、知的障害者の就労意欲にマイナスの効果を及ぼすだけであるという考え方も、場合によってはあながち立ち入かもしれない。しかし、本問はDがCを負傷させたという事案と気が変わるところはないであろう。本問でなぜDがCを負傷させたという事案にかわって、知的障害者がどのような形で社会に参加することが望ましいのかという問題は、とうてい民法の議論だけで論ずべくことでもないだろう。以下では、あくまで民法の議論の枠内で、理論的に、Dの請求をどのように正当化することが可能かという観点から検討を行うことにしよう。本件事故のきっかけとなったDのいやがらせは、損害賠loggingのレベルでは、後に述べるように過失相殺(722条2項)の内容として考慮すれば足りると考える。 さて、本問でDがA社に対して損害賠償を請求するとすれば、不法行為を行った被用者Cを雇用していたA社の使用者責任(715条1項本文)を問うという法律構成が最も妥当である。A社という企業自体の不法行為責任(709条)を問うという法律構成の余地もあるが、本問では、不法行為を行った特定の被用者Cの存在は明らかであり、しかも、企業や製造物責任が問題となるケースのように、企業という組織全体の答責と捉えるのが適切な事案でもない。それで本問では、A社は、実際にDに対して使用者責任を負うのだろうか。これを検討するためには、使用者責任がそもそもいかなる構造を有しているのかを理解しておく必要がある。 伝統的な理解に従えば、使用者責任とは、被用者の選任・監督上の過失を理由とする(自己責任説)。民法715条1項ただし書の事由が立証されれば、使用者は免責される(有過失責任)ではなく、使用者の行う不法行為責任を、使用者が被用者に代わって負担する代位責任である。使用者が被用者に代わって負担する代位責任であると解しても、被用者の責任の代わりではないしかし、被用者が行う不法行為責任を、使用者がその責任を代わって負担するにすぎないと把握するわけではない。結局、使用者責任が被用者を使って利益を上げた以上、被用者が引き起こした損失は被用者に負担させるのが公平である)ため、使用者が被用者を雇い用いて社会に対し危害を作り出している以上、そこから生ずる損害は引き受けなければならないという考え方が挙げられるのが通例である。このような思想に照らすと、企業活動に伴って生ずる他者への加害について、使用者の免責(715条1項ただし書)は容易に認められるべきではない。本問においても、被用者の加害が実際に認められた事例はごくわずかにとどまっている。 しかし他方で、使用者は被用者責任を代わりにするにすぎないという理論に立てば、使用者自身の行う不法行為によることを主張・立証しなければならないはずである。それでは、本問の加害者である被用者Cが知的障害者であり、責任能力が欠けている可能性がある場合に、A社の使用者責任は否定されてしまうのだろうか。そもそも、第2に本問では、就業時間前のCの暴行に起因する損害が問われているが、そのような行為の結果についてまで、使用者は責任を負うのだろうか。報償責任や危険責任を求める声がとても大きいとしても、企業活動と無関係の被用者の行為の結果についてまで、使用者が責任を負う理由はないからである。これを、「事業の執行について」(715条1項本文)という文言をどう解釈したのかという問題である。以下、順に検討しよう。 2 被用者の責任無能力と使用者責任の成否 責任能力(712条・713条)とは、加害行為の法律上の責任を弁識するに足りる知能のことである(大判大正6・4・30民録23輯715頁)。このような意味に関わらず、知的障害者だからといって、常に責任能力がないということにはならない。もっとも、本問のCに関する記述(知的障害者でクリーニング技術の習得に時間がかかったが、習得した仕事はこなしていた)だけからは、Cの責任能力の有無に即断することは困難なので、問題を解くにあたっては、責任能力がある場合とない場合に分けて、Cに責任能力があるかどうかで場合分けをして、A社の使用者責任を判断する必要がある。だがこのような機械的な答案を書く前に、そもそも本問で、「Cに責任能力がなければ、Aは使用者責任を負う」と考える方が説得的なのかどうかを検討する必要があるだろう。A社という企業の立場からすると、自社の安全配慮義務を認識する方が障害者の人権と比べれば不十分な場合が想定される知的障害者に関する雇用促進法が定める合理的配慮の義務に関する研究(H30.03・74・労働政策研究・研修機構)を参照させる判例も待たれるのであり、A社の責任は、報償責任や危険責任の考え方に照らすと(後述する事業執行性の要件さえクリアすれば)、直ちに肯定されるべきが、たとえCに責任能力がないと判断されるとしても、A社の社長Bが、障害者雇用促進法に定める合理的配慮義務(均等法36条の2、障害者雇用促進法36条の3、36条の4を参照)をA社が遵守している(知的労働者は、短時間として1人0.5人とカウントされる)以上の配慮がなされたことである。また、無過失を理由とする免責の可能性が残る気持ちがあるが、この結論を法的に支える根拠がある、使用者が、周りの大人にやむをえないわけわからずうちのような危険な職務を負わせていた場合に、使用者は、報償責任や危険責任の理論によって両者の責任能力はともに問われることになる。そして、A社の使用者責任は、被用者のための配慮が妥当であったと評価するのかが妥当である。まず、使用者は、被用者の選任や監督について過失がなかったことを証明すれば免責される。その後、企業活動の進展に伴い、使用者の選任・監督上の注意義務は、代位責任の考え方が定着し、現在では使用者責任が報償責任や危険責任の思想に根ざしていることが広く認められるようになった。この代位責任の原則によれば、被用者側の故意・過失が認められる場合には、使用者側の故意・過失が認められるか否かにかかわらず、使用者責任が認められる。このような新しい使用者責任が認められることについて学問の場では肯定的な見解もあるが、代位責任説に基づいて民法715条を捉え、被用者の行為が民法709条の要件を満たすことや使用者責任を問う前提となると解し、②本問のように使用者の厳格な自己責任という考え方で対処する場合、民法715条を類推し、被用者の責に代わって自己の責任を負うと解した場合、さらには、③民法709条を直接適用し、企業自体の不法行為責任を問うのがふさわしい場合などを、事業の危険性の程度や相手の比較の仕方やメカニズムなどによって、さまざまなる責任のあり方を考えていこうとするのが、近時の有力な流れであり、それは正当だと考えられるのである。 3 被用者の暴力行為と事業執行性 伝統的な代位責任説(1参照)に立つにせよ、今日的な意味での自己責任説(2参照)に立つにせよ、両説の背後にある報償責任や危険責任の考え方に照らすと、企業活動に伴って生じた損害については、被害者ができるだけ救済されるのが望ましい。もっとも、それはあくまでも損害が企業活動に伴って生じた場合である。使用者責任を問うためには、生じた損害が「使用者がその事業の執行について第三者に加えた」(715条1項本文)ものでなければならない。この事業執行性の要件につき判例は、いわゆる外形説を採用し、使用者が事実的不法行為を行った事業でも、「必ずしも使用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけを指すのでなく、広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められるもの」も含むとする(参考判例①)。自動車運転会社の被用者が、私用に使うことが禁止されていた会社の自動車を運転し起こした交通事故を起こした事例で事業執行性を肯定。学説はこの点について、判例の外形説理論に賛成するものが、その一層の具体化を募るものなどに分かれているが、おおむね、被用者が職務を逸脱したような取引外不法行為の場合にも、報償責任理論に根ざす被害者の信頼の保護という観点から、また事業執行性の観点からもうかがえるように、実質的に捉えようとする点では共通しているといってよい。 本問では、この暴力行為が行われた時間が就業時間前であり、しかもC・D間の口論が、直接業務とは関係のない歓迎会での出来事に由来するものであった点が問題となるが、①Cの行為は、店の内部で、しかも就業時間の直前に行われたこと、②Cは、アイロンプレス機という業務に欠かすことのできない道具を使ってDに損害を与えていること、さらに、③口論の原因となった前日の歓迎会も、少なくともわが国の企業風土の下では、事業の円滑な遂行要素の1つに位置づけられるなどに鑑みると、事業執行性の要件は本問では満たされると考えるのが妥当である。もっとも、本件のC・D間の口論の端緒は、Dの悪質な嫌がらせにあり、DがA社に使用者責任を追求する場合には、過失相殺による損害賠償の減額は免れないだろう。 設問関連 DがA社に対して使用者責任を追及する場合に、本問と以下の点で異なる場合に、AまたはDの請求は認められるか。 (1) Dから被害を受けたA社が、国賠で敗訴した殺人犯人の父親Cを相手に、Dに支払った慰謝料額の全額の支払を求めたことに対して、A社は、個別労働関係紛争のあっせん手続を受けることが可能。 (2) C・D間の口論は、前日の歓迎会のCの失敗を揶揄するものであったが、就業時間後のクリーニング店の裏口の外でなされたものであり、しかもDは、このとき警官によって職務質問を受けていた。このとき、A社に対して損害賠償責任を追及することが可能か。 ●参考文献● ★村田一夫「不法行為法〔第5版〕」(有斐閣・2017)216頁/窪田充見『不法行為法〔第2版〕』(有斐閣・2018)203頁/中田太郎・宮謙「『民法行為法』の検証」(有斐閣・2018)192頁 (水野 謙)
民法2
商事法務、2022年10月15日、ISBN978-4-7857-2992-9。
