過失相殺
2022年9月2日、Yは、原付バイクを運転して住宅街を走行中、子供用自転車に乗った5歳の幼児Xを追い越そうとした際に、バイクを自転車に接触させて、Xがバランスを失って自転車ごと転倒した。接触事故の原因は、Yが十分な間隔をとらないで自転車を追い越そうとした、また、急にXが進路を妨げたため、YがXを避けきれなかったことにある。Xの両親A・A'も、日頃、Xに対し交通安全を十分に教育していなかった。 Xは、転倒により右肘を骨折し、右膝にも打撲傷を負ったが、幸い、それ以外に怪我はなかった。医師の診断によれば、骨折は全治1か月、打撲傷は全治3週間とのことであった。Xは、9月10日になって、突然、右膝に激しい痛みを訴え、骨髄炎と診断された。これは、Xが以前に罹患した骨髄炎(Xは、2022年5月、右大腿骨に骨髄炎を発症し、7月までの治療を受けていた)が、本件事故の打撲の刺激が引き金となって再発したものである。この骨髄炎の治療のため、Xは、12月末までA病院に入院を余儀なくされたほか、左足に運動障害の後遺障害が残った。なお、右肘の骨折は、当初の診断どおり、9月末には完治した。 Xが、Yの不法行為に基づき損害全部の賠償を請求した場合に、Yは、どのような事由をもって賠償額の減額を主張することができるか。 [参考判例] ① 最判昭和39・6・24民集18巻5号854頁 ② 最判昭和42・6・27民集21巻6号1507頁 ③ 最判平成4・6・25民集46巻4号400頁 [解説] 1. 総説 (1) 問題の所在 不法行為による損害の発生・拡大には、しばしば、加害者側の行為以外の原因が関与する。このような場面で、加害者に損害の全部を理由として責任の全部を負わせるのは、公平の見地から妥当ではない。そこで、民法は、不法行為において被害者にも過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる、と規定している(722条2項)。これを過失相殺という。 この問題について、民法は、被害者の過失があった場合に損害額を減額しうるとする。もっとも、同条を、単に「被害者の過失」が問題となる場合に限定する趣旨と解するべきか。判例・学説は、同条を、損害の公平な分担を図る趣旨の規定と解して、加害者の過失と被害者の過失が競合している場合に限らず、もっぱら被害者の過失のみによって損害が発生した場合(自損事故)や、双方に過失のない不可抗力によって損害が発生した場合にも類推適用される、と解している。 (2) 過失相失の要件 まず、Yの過失とXの損害との間では、過失相殺の要件として、被害者の側に過失が認められることが要求される(「被害者に過失があったとき」)。 かつての判例は、過失相殺について、責任成立要件とパラレルに被害者の責任能力を要求するとともに、その立場に立って、加害者の責任能力を要求する立場と相俟って、20世紀後半まで、交通事故が急増する中で、最高裁は、判例により事理弁識能力について、論者にとって有利な判断が示された。 2. 被害者側の過失 (1) 被害者本人の過失 被害者本人に過失が認められるためには、被害者に事理を弁識するに足りる知能(事理弁識能力) が必要である。この事理弁識能力は、不法行為責任が認められるための責任能力(712条)よりも緩やかに解されており、判例は、5~6歳程度を基準としている。本問のXは5歳であるから、事理弁識能力の有無が微妙である。 ところで、被害者の能力の問題と深く関連する判例理論として、最高裁は、同時期に、「被害者側の過失」論を展開した。それは、民法722条2項の過失は、被害者本人の過失だけでなく、広く被害者側の過失、すなわち「被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失」が含まれるのであり、「被害者側」が幼児である場合に、「被害者側の過失」は、被害者の監督者たる父母が負う身上監護義務違反としての過失を意味するものではないので、その者の過失をいう(参考判例②)。 この事例によれば、被害者に事理弁識能力がない場合であっても、その父母らが被害者の過失を防止しなかった監督義務違反が問われれば、その父母の監督義務違反の有無が「被害者側の過失」として斟酌されることになる。このような取扱いは、その後も、被害者本人の事理弁識能力を前提として、その監督義務違反という形での過失相殺を、被害者本人の事理弁識能力を前提に、その監督義務違反という形での過失を、実質的に被害者の事理弁識能力を擬制化するものである(なお、被害者側の過失は、父母の監督義務違反のほかにも、まったく異なる機能をもつ。この点については、最判昭和31・25民集30巻2号160頁を参考に後期提出を検討されたい)。 最後の点を捉えて、学説は、判例の論理構成をさらに一歩進める立場も有力化している。この見解によれば、被害者の過失の有無・程度をもっぱら行為の客観面(態様)から判断することを提唱する。被害者の能力をそもそも過失相殺の要件から除外する。このような構成によれば、被害者が事理弁識能力を欠く場合にも、被害者側の過失を介在させることなく直接に、被害者本人の過失を認めて過失相殺をなしうることになる。 (2) 被害者の素因 被害者が有する身体的な特徴(素因)が損害の発生・拡大に寄与した場合、これを過失相殺において斟酌できるか。判例は、疾患については、原則として、被害者側の過失として斟酌することを否定している(最判平成8・10・29判時1593号63頁)。なぜなら、人の生命・身体は、人の人格的利益の根幹をなすものであり、その人の個性(疾患の有無やその程度、体質など)を尊重すべきだからである。 もっとも、判例は、その疾患が「治療の機会を逸したことに起因する」など、被害者側の過失と同視できるような事情があるときは、例外的に斟酌を認めている。 本問でXが骨髄炎に罹患していたことは、身体的素因に当たる。Yの不法行為がなければ骨髄炎の再発はなかったのであるから、原則として斟酌は否定される。しかし、Xの親権者であるA・A'が骨髄炎の治療を怠っていたなどの事情があれば、例外的に斟酌される余地がある。 (3) 過失相殺の方法 過失相殺は、損害の発生・拡大に関する当事者双方の過失の割合を比較衡量して行われる。具体的には、認定された損害額の全体から、被害者側の過失の割合に応じて減額される(判例)。 本問のXの損害額については、①右肘骨折と右膝打撲による傷害、②骨髄炎の再発による傷害と後遺障害とに分けて考える必要がある。①については、Yの過失と、X本人(5歳児の飛び出し)およびA・A'(監督義務違反)の過失とが競合している。②については、これらに加えて、Xの素因(骨髄炎の既往症)が関与している。これらの事情を総合的に考慮して、過失相殺の割合が決定される。 [関連問題] 2022年9月7日の夜9時頃、Aが、自家用車(甲車)を運転してX県Y市Z町を走行中、幹線道路上でUターンを行って反対車線に乗り入れようとした際に、ちょうど反対車線を走行してきたY運転のトラック(乙車)との衝突事故を起こした。この事故により、A・Yがそれぞれ軽傷を負ったほか、Xが、背部挫傷の重傷を負って身体が不随となった。 本件事故の原因は、次のとおりである。AがUターンを行った場所は、交通量が多いため転回禁止区域に指定されていたうえ、Aは、乙車が自車(甲車)に気づいて速度を緩めるものと軽信していた。他方、Yは、携帯電話を操作しながら乙車を運転しており、甲車の動静にまったく気づいていなかった。 XがYに対し損害全部の賠償を請求した場合に、Yは、どのような事由をもって賠償額の減額を主張することが考えられるか。 [参考文献] 橋本佳幸・百選Ⅱ 212頁/高橋成光・基本判例 187頁/橋本佳幸・注釈456号(2018)38頁 (橋本佳幸)
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
名誉毀損・プライバシー侵害
Xは、市の福祉事務所に勤務する地方公務員である。Yは、インターネット上の公開の記録サイトに「Y市福祉事務所職員を装う腐りきったXを許すな」と題する投稿を行った。2023年12月ごろ、生活保護の相談のために福祉事務所を訪れたことのある20代の男性が孤独死する事件が発生した。Yはかねがね生活保護行政のあり方に疑問を抱いていた。Xは、独自の調査を行い、①B相談員を担当していたXに「生活保護受給を断られたため自殺した」として、②Xを「福祉事務所所属」として「当人の責任を忘れ他人に責任転嫁な公務員」と表現して批判したうえで、③Xの氏名、住所および電話番号を記載した記事(以下、「本件記事」という)を前記サイトに投稿して公開した。 生活費に困らない程度の収入もあったが、公的扶助の支給要件改善制度を創設し、福祉事務所として相談を絶たなかった。Xは、Yに対し、この記事の削除と慰謝料の支払いを求めて訴えを提起した。 [参考判例] ① 最判昭和41・6・23民集20巻5号1118頁 ② 最判平成15・3・14民集57巻3号229頁 ③ 最判平成15・9・12民集57巻8号973頁 [解説] 1. 名誉毀損 (1) 名誉 名誉とは、「人がその品性、徳行、名声、信用その他の人格的価値について社会から受ける客観的な評価」(社会的評価)をいう。名誉毀損とは、この社会的評価を低下させる行為である。 民法723条の文言と異なり、名誉感情の侵害を問題とするものではない。また、名誉毀損が成立するには、具体的な事実を摘示するほうが、意見や論評を表明する場合よりも、社会的評価を低下させる蓋然性が高い。 (2) 事実の摘示による名誉毀損 本件記事は、Xの社会的評価を低下させるものであるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断される(大判大正3・10・12民録22輯1879頁参照(原審))。特定の人物に対する行為であっても、不特定または多数人に伝播する可能性があれば、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断される。 また、Xに興味本位の記事内容を掲載することは、名誉毀損が成立し得る(最判平成9・5・27民集51巻5号2000頁、最判平成24・3・23判時2147号61頁)。 (3) 意見・論評による名誉毀損 本件記事は、「証拠等をもってその存在を証明することが可能な他人の特定の事項」を前提に、その内容が人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものである場合でなければ、名誉毀損は成立しない(最判平成9・9・9民集51巻8号3804頁)。事実の摘示による名誉毀損については、表現の自由との調整を図るため、刑法230条の2の公共の利害に関する場合の特例と同じ趣旨の免責要件が認められている(参考判例①、最判平成58・10・20判時1112号4号)。すなわち、①もっぱら公益を図る目的に出た場合には、「公共性」、②摘示された事実がその重要な部分について真実であることが証明されれば「真実性」、③摘示された事実がその重要な部分について真実である、と信じるについて相当の理由があるとき「相当性」のいずれかを満たせば、不法行為は成立しない。その事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があるときは(相当性)、故意・過失が阻却されるため、不法行為は成立しない(最判昭54・4・18刑集33巻3号94頁(刑事事件))。 公務員の犯罪や公務員に関する事実は原則として公共性を有する(同28条2項・3項参照)。③公益目的性については、「もっぱら」という文言は厳格に解されておらず、主たる動機が公益目的であればよい(最判昭24・8・18刑集未登)。 なお、②真実性の判断は、摘示された事実が事後的に真実であるかどうかで判断される。ある行為が、行為時には存在しなかった情報をもとに判断されるため、③相当性の判断は、行為時における行為者の認識内容が問題になるため、行為時には存在した証拠に基づいて判断される(最判平14・1・29判時1778号90頁)。本件記事のうち、Yが相談を拒絶したために生活困窮を余儀なくされたと解したとしても、Yがその事実を真実と信じるについて相当の理由があったと解することが可能であり、事実の摘示に当たる。 (3)意見ないし論評による名誉毀損 意見ないし論評による名誉毀損については、①前提としている事実が重要な部分において真実であることの証明があるか、②意見ないし論評が人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでないこと、の2つの要件を満たす場合には、違法性が阻却される(最判平9・9・9民集51巻8号3804頁)。本件記事のXに対する意見・論評は、①公共性、②公益目的性について真実であることを前提に、②その事実の重要な部分について真実であるとの証明があり、または③その重要な部分について真実であると信じるについて相当の理由があるときには、④人身攻撃などに及ばない限り、意見ないし論評としての域を逸脱したものでもない。ただし、②と④が区別できない場合もある。 (4) 救済方法 名誉毀損の不法行為が成立すれば、被害者は、加害者に対して、損害賠償を請求することができるほか(709条・710条)、名誉を回復するのに適当な処分(名誉回復処分)を請求することができる(723条)。謝罪広告は、訂正広告又は広告記事掲載の実施を実質上の強制として、その強制執行は許されない(最判昭31・7・4民集10巻7号785頁)。名誉回復処分請求権は、一身専属権とは解されておらず、相続の対象となる。 また、名誉毀損の被害者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、または将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる。ただし、出版物の頒布等の表現行為の事前差止めを求める場合には、①その表現内容が真実でなく、または②それがもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、③被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限って例外的に許される(最判昭61・6・11民集40巻4号872頁)。 2. プライバシー侵害 (1) プライバシーの権利 プライバシーの権利とは、私生活上の事柄をみだりに公開されないという法的な保障ないし権利である。 公開された内容が真実であってもプライバシー侵害は成立し得る。 プライバシー侵害の要件は、①私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること(私事性)、②一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、③一般の人々に未だ知られていない事柄であること(非公知性)である(最判平6・2・8判時1517号67頁)。この要件を満たす場合は、原則としてプライバシー侵害となる。 プライバシー侵害が成立しないためには、公開されることによって得られる利益と、プライバシーを侵害されることによって失われる利益とを比較衡量して、前者が後者を上回る必要がある。 本件記事に記載されたXの氏名、住所、電話番号は、いずれもプライバシー情報に該当する。 (2) プライバシーと表現の自由 前科に関わる事実は、これを公開されない利益が優越する。前科を有する者は、社会復帰を阻害されないという利益を有するからである(参考判例②)。 プライバシー情報に当たるのは、①その事実を公表されないことによる利益と、②これを公表することによって得られる利益とを比較衡量し、①が②に優越する場合である。 本件記事は、Xが相談を拒絶したとの摘示が真実でないとすれば、公共の利害に関する事実とはいえない。Xの氏名、住所、電話番号を公開することは、Xに対する人身攻撃などの目的である。 (3) インターネット上のプライバシー侵害 個人のプライバシーに属する情報を違法に侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害を排除し、または将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる(最判平6・2・8判時未登載)。 プライバシーに属する情報を違法に公表する事業を営む者に対しても、プライバシーに属する情報を違法に公表された者は、人格権に基づき、その記事等の削除を求めることができる。 (4) プロバイダ責任 プロバイダ責任制限法は、プロバイダ等の損害賠償責任の制限および発信者情報の開示を請求する権利を定めている。 インターネット上の人権侵害に対しては、プロバイダ(サーバーの管理者)に人権侵害情報の削除を請求することもできる。 3者間の利益を考慮した上で、比較衡量により、権利侵害の明白性が肯定される場合に、差止めが認められる。 また、プロバイダに対する発信者情報開示請求も認められる。 50 未成年者と監督義務者の責任 Yの未成年の子であるAは、ある平日の夕方、通っている学校の友人Xと共通の友人Cの3名で集まり、学校の近くにあるY所有の遊休地で野球をすることになった。ジャンケンで決め、Aは最初、捕手、Cは投手として野球を始めたが、暴投したCのボールがAの眼鏡に当たり、眼鏡が大きく歪んでしまった。 数分後、Aは歪んだ眼鏡を掛けたまま、Cと交代して投手になった。Aは、Cに対して、「さっきはよくもやってくれたな。今度はこっちの番だ」などと叫び、興奮した様子で、硬球をCの顔面に向けて投げつけた。Cは、これを避けようとして身をかわしたが、Aの投げた球はCの背後にいたXの右目に当たり、Xは失明した。 Xと両親は、Yに対し、Aの不法行為により生じた損害の賠償を求めて訴えを提起した。 [参考判例] ① 最判平成27・4・9民集69巻3号455頁 ② 最判昭49・3・22民集28巻2号347頁 ③ 最判平成18・2・24判時1927号63頁
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
未成年者と監督義務者の責任
Yの未成年の子であるAは、ある平日の夕方、通っている学校の友人Xと共通の友人Cの3名で集まり、学校の近くにあるY所有の遊休地で野球をすることになった。ジャンケンで決め、Aは最初、捕手、Cは投手として野球を始めたが、暴投したCのボールがAの眼鏡に当たり、眼鏡が大きく歪んでしまった。 数分後、Aは歪んだ眼鏡を掛けたまま、Cと交代して投手になった。Aは、Cに対して、「さっきはよくもやってくれたな。今度はこっちの番だ」などと叫び、興奮した様子で、硬球をCの顔面に向けて投げつけた。Cは、これを避けようとして身をかわしたが、Aの投げた球はCの背後にいたXの右目に当たり、Xは失明した。 Xと両親は、Yに対し、Aの不法行為により生じた損害の賠償を求めて訴えを提起した。 ところが、Aが10歳である場合と14歳である場合とを想定して答えよ。 [参考判例] ① 最判平成27・4・9民集69巻3号455頁 ② 最判昭49・3・22民集28巻2号347頁 ③ 最判平成18・2・24判時1927号63頁 ④ 最判平成28・3・1民集70巻3号681頁 ⑤ 最判平成7・1・24民集49巻1号25頁 [解説] 1. 前提 (1) 未成年者の行為についての親権者の責任 本問のように、未成年者の行為により第三者に損害が生じた場合、その親権者は賠償責任を負うか。念頭に置くべき条文は2つある。1つは、一般不法行為責任の根拠条文たる民法709条であり、もう1つは不法行為者の親権者の賠償の範囲を定める民法709条である(監督義務者責任)。 両者の関係は一見しただけでは明らかではないが、後述するように、不法行為責任を負う者を「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていない」場合(責任能力)と「備えている」場合に分けて考えるのが出発点となる。 (2) 責任能力なき未成年者の親権者の責任 直接の監督義務者に加え、未成年者を監督する義務のある者(法定監督義務者)は、監督義務者として責任を負う(714条)。この場合、同条は、①「自己の行為の責任を弁識する」という観点でみて、不法行為責任を定める民法714条1項に制約がある。すなわち、同条は、「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において」(同712条・713条)と定めている。これを「監督義務者の責任」という。 (3) 責任能力ある未成年者の親権者の責任 責任能力ある未成年者の親権者たる監督義務者は、自己の行為の責任を弁識する能力があるため、その者自身は不法行為責任を負わない(712条・713条)。かつては、過失の主観的理解(意思の緊張の欠如)を前提に、過失の客観的理解(予見義務と結果回避義務違反)が定着した現在、責任能力を過失と切り離し、能力の低い者(一定の精神障害者)を政策的に保護する制度と捉える見解が有力化している(もっとも、当該見解内でもバリエーションがある)。 自己の行為の責任を弁識する能力は、もっぱら、法律の存在の有無を問題にするわけではない。 2. 責任能力なき未成年者の監督義務者の責任 (1) 責任能力 未成年者の場合、責任能力の有無は、行為の当時における年齢や判断能力、行為の態様などを総合的に考慮して、個別具体的に判断する必要がある。本問へのあてはめを考えれば、Aが10歳であれば、責任能力は否定される。他方、14歳であれば責任能力ありと判断されるだろう。以下、これらを前提に議論を進める(YはAが10歳である場合のみ)。 (2) 監督義務の内容 監督義務者が負う責任は、①直接の監督にあたる者、②代理監督者、③法定監督義務者の3つの類型に分かれる。監督義務者は、責任を免れるには、監督義務を尽くしたことを証明しなければならない。 監督義務は、①子供の生活全般について、一般的なしつけ・指導を行うという抽象的なもの、②子供の個別具体的な行為(危険な遊びなど)をやめさせるという具体的なものに分けられる。 判例は、11歳の少年Aが、放課後、自身が通う小学校の校庭でサッカーボールを用いてフリーキックの練習をしていたところ、ゴールに向けて蹴ったボールが道路上を走行していた自転車に衝突し、運転していた高齢の男性が転倒して死亡したという事案で、親権者の監督義務違反を否定している。 (3) 本問 YがAについて把握していた情報に鑑みると、Aによる投球行為の具体的予見可能性があったとはいいがたい。しかし、参考判例①がいうように、Aは「人身に危険が及ばないよう注意して行動する義務」に違反したといえる。そうした監督義務は、「通常は人身に危険が及ばないよう注意して行動する義務」に当たる。 しかし、本件投球行為は、「通常は人身に危険が及ばない行為」ということができるだろうか。通常は人身に危険が及ばない行為、Yが責任を免れるためには、危険な行為に及ばないよう日頃からAに注意を促していただけで足りず、Aの行動を常に監視し、その都度、適切な指示を与えていたことの立証が必要となる。 3. 責任能力ある未成年者の親権者の責任 (1) 民法709条に基づく責任の可能性 直接の加害者たる未成年者が責任能力者である場合、親権者に対し民法714条1項に基づく責任追及をすることはできない。しかし、一般不法行為責任を定める同法709条に基づく責任追及は妨げられないはずである。ここでも親権者の監督義務違反が内包として想定されるのは監督義務の違反であるところ、参考判例③は、「未成年者が責任能力を有する場合であってもその監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法714条の規定が右解釈の妨げとなるものではない」と判示することで、責任能力ある未成年者の親権者も監督義務を負いうることを認めた。 民法709条の責任の追及が可能であることにより、被害者が実際に賠償を得る可能性は高まる(当該未成年者は責任能力を有するがゆえに資力に乏しいのが通常だからである)。ただし、709条責任ゆえに、同法714条1項の責任とは異なり、監督義務違反の立証責任が被害者に課される点に注意を要する。 (2) 監督義務の内容 この場合の監督義務はどのようなものか。①直接の加害者による他益侵害の具体的予見が予期される場合にそれを防止すべく監督する義務と、②具体的危険の予見可能性の有無にかかわらず何らかの監督を及ぼす義務とが想定されうることは2(2)と同じであるところ、責任能力ある未成年者の場合でも③を含みうるのかをみるのに限定するのが参考判例③である。この問題の分析に資するのが参考判例③である。 事案は、数々の非行歴があり、少年院送致の処分を繰り返していたA(いずれも19歳)が、少年院を仮退院して保護観察に付され、一般遵守事項に加え特別遵守事項(交友を選ぶこと、深夜に徘徊せぬこと、保護司に面会すること等)が定められたにもかかわらずこれらを遵守せず多額の借財を重ね、深夜に徘徊して友人らと遊興する等していたところ、自己の借財の返済等を容易にするため、勤務先で知り合ったBを脅迫して多額の金員を喝取し、Bが出所した男性Xを強盗して傷害を負わせ金銭を強取したというものである(XがAらからのYにYらが親権者としてAらに対し得る影響力は限定的なものとなっていったといわざるを得ないから、Aらに親権者の遵守事項を確実に守らせることを求める適切な手段は存在していたとはいい難い」として、またAらは19歳を超えて少年院を仮退院して以来本件に至るまで特段の非行事実はなく、Yらに「おいて、……Aらが本件のような犯罪を犯すことを予見し得る事情があったということはできない……し、Aらの生活状態が直ちに非行に結びつくような状態にあったということもできない」として、Yらの監督義務違反を否定した。 本判決が親権者の監督義務を否定したのは、保護観察の遵守事項を守らせる義務および少年院への再入院を求める義務という、法益侵害の回避に向けた具体的な措置であり、しかも特に未成年者の具体的非行の予見可能性を前提とするものとされていることから、上記の想定されているといえる。もっとも、このことは、責任能力ある未成年者の親権者にはそれ以上の義務を負わないという分析に直結するわけではない。責任能力を備えた段階後も、未成年者は精神的に未熟な状態にあり、親権による監督の必要性は、未成年者の年齢・生活状況に応じて徐々に薄れていくものである。こうした捉え方を具体化して、加害行為の危険性に対応した監督義務を認める(参考判例③)。 (3) 本問 Aによる投石行為の具体的危険の予見可能性がYにあったとはいいがたいことは2(3)と同様である。責任能力ある未成年者の親権者の監督義務が法的利益の具体的危険が予見される場合にそれを防止する義務に限定されるとすれば、Yの責任は認めがたい。しかし、14歳のAとの関係でも、親権者の責任をいきなりゼロにするのではなく、Xによる投石行為の具体的危険が予見されると解する場合は、2(3)と同様の結論となりうる。また、YはAの放課後の行動の詳細を把握していなかったところ、(具体的危険を予見すべき義務を予見しうる)日常的な監視の不十分性を捉えて監督義務違反を肯定することも考えられよう。もっとも、民法709条を根拠とする限り過失・因果関係の立証責任は被害者Xにあるところ、これらの証明を要とする場合、事実上の推定(さらには立証責任の転換)の可能性もさらに考えるべき課題となりうる。 (4) その他 民法704条但書によれば、監督義務者に監督義務違反という過失に基づく、不法行為者たる未成年者の行為についての責任(社会の耳目を集めた参考判例③参照)や代理監督者(714条2項)の責任(最高裁判例昭49・11・27判時764号78頁、福岡地裁小倉支部判昭56・8・28判時1022号113頁等)もあわせてみた場合、さまざまな客観類型を適用範囲に含む714条(=709条)の規定の射程を拡張し、監督義務者の内容・程度(および立証責任の所在)の調整により状況適合的な判断枠組みを構築しようというものが、判例の基本的スタンスといえよう(本文に反して責任能力が定着している使用者責任と対比せよ)。もっとも、その具体像は不明瞭な点を多く残すほか(関連問題も考えよ)、本法行為法改正の気運を考慮に入れたとき、立法論的吟味が今後の重要課題となる。監督義務者責任に責任能力制度を連結させる現行条項の可否、2(1)でふれた第2の立場の少なくとも部分的な採用可能性、さまざまな監督義務類型を同じく過失責任の構造に服せしめることの適否等、考えなければならない事柄は多い。
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
高齢者と監督義務者の責任
Aは高齢であり、認知症と診断された。そこで、息子であるXとその妻X' (いずれも40代後半)がAと同居し、XはAの成年後見人選任、デイサービスに関する契約等を代理して行った。また、Aが在宅している間は、主にX'がAの介護を引き受けていた。当初、Aは1人で勝手に外に出てしまうなどの問題行動も時々見られたが、その後はX'らの介護によりトラブルになったりすることが数回続いた。それ以降、XとX'は、Aが外出する際には可能な限りどちらかが付き添うようにしてきた。 ある日曜日、Xは急な仕事で外出しなければならず、X・Y宅にはAとX'だけがいた。16時頃、Aは突然散歩に出かけて行ったと言い出した。最近の数日間、Aの精神状態が不安定な日が続いていたことから、Xは不安を感じ、付き添おうかとも考えたが、疲れていたためいったんはそのまま見送ることにした。「すぐに帰ってきて下さいよ」とだけ告げた。その直後、Aは、X・Y宅から5キロほど離れた駅の構内で、まったく面識のないYを突き飛ばした。 加害行為当時、Aは責任無能力だったものとする。Yは、Xに対して、治療費や逸失利益等の損害の賠償を請求することができるか。 [参考判例] ① 最判平成28・3・1民集70巻3号681頁 ② 福岡高判令2・5・27令元(ワ)102号(2020WLJPCA05278002) ③ 最判昭和49・2・28民集28巻2号347頁 ④ 京都地判平30・9・14判時2417号65頁 [解説] 1. はじめに 本問のように、精神上の障害により責任能力を欠く者が他人に加えた損害について、その者を監督する者の責任が問題となる場合、その可能性があるとして次の3つが考えられる。第1に、民法714条1項に基づく監督義務者の責任である。第2に、参考判例①がいわゆる「法定監督義務者」が定立した、同条2項による監督義務者の責任である。第3に、民法709条に基づく一般不法行為責任である。なお、婚姻の届出および当事者の年齢の登録を前提としており、夫婦間における協力扶助義務を定めた民法752条を根拠とする監督義務者の責任は、法定監督義務者には当てはまらない。 2. 法定監督義務者責任 (1) 責任の性質 民法714条1項が定める監督義務者の責任は、責任無能力者の行為一般についての抽象的な監督義務への違反が求められることとなる。離婚届および互いの証明責任の証明責任を定めるこの点において、民法714条による一般不法行為責任よりも厳格なものだと言われてきた。もっとも、このうち後者は条文上明らかにしがたいし、前者も当然的なものではない。 (2) 従来の判例 精神上の障害により責任無能力とされた者(具体的には1999年まで)、法廷監督義務者が同条の定める責任を負う者として、成年被後見人の保護者は精神保健福祉法上の保護者(それ以前は禁治産者)であった。その背後として、精神障害者の民法858条1項は、成年後見人の財産上の行為に関する法定代理権を定め、同「身上配慮義務」を定めた。同じく同法改正後の精神障害者の配偶者については、精神障害者の自助努力を助長する趣旨を強調するこれらの規定が、民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する義務」の義務に当たると解されていたわけである。 (3) その後の変遷 しかし、この状況は、1999年を境に大きく変わることになる。この背景として、成年後見人法については、1999年の民法改正により、後見・保佐・補助の3類型が設けられ、成年後見人の職務も、もっぱら財産管理に限られることになった。その上で、同法改正により、成年後見人はもはや身上監護の権限を有しないことになった(858条)。その上で、同法改正により、成年後見人はもはや身上監護の権限を有しないことになった。 また、保護者については、1999年の精神保健福祉法改正により、保護者制度が廃止されるに至った。さらに、その後の2013年改正によって、保護者という制度そのものが廃止されるに至った。いずれについても、精神障害者のノーマライゼーションとその家族の負担軽減が重視されるようになったことが背景としてある。 (4) JR東海事件判決による法創造 以上のことから、参考判例①は、1999年改正後の民法および精神保健福祉法における法定監督義務者の射程を、その文言に忠実に、法定監督義務者に当たるものではないとした(もっとも、具体的監督義務との関係では、精神障害者について、協力扶助義務(752条)を根拠に、法定監督義務を認めるなど、最高裁が示した新たな解釈筋論と矛盾する)。 (5) 本問の整理 以上によると、本問のXは、Aの成年後見人ではあるものの、そのことだけを理由に法定監督義務者として扱われることはないということになる。 (6) 補論:法定監督義務者の可能性 なお、以上の判例によると、現行法の下で精神障害者の法定監督義務者に当たるものが存在し得るかどうかは明らかではない。そのように述べられるべきもっとも有力な候補は、精神障害者が入院する精神科病院の管理者等がそれに当たるとするものである。 3. 準監督義務者該当性 (1) 準監督義務者 — 判例による法創造 参考判例①は、法定監督義務者に当たらない者であっても、それに「準ずべき者」については、民法714条1項の類推によって損害賠償責任を負う余地を認めている。かねてから、法定監督義務者に当たらない配偶者に、監督義務者の範囲を広げ、かつて、「事実上の監督義務者」という法理を創造する見解は有力だった。しかし、参考判例①が成年後見人という法定監督義務者の範囲を画したことから、今後これが議論に堪えられる。 (2) 判例の判断枠組み 参考判例①によると、ある者が準監督義務者とされるのは、「①その責任無能力者との身分関係や日常生活における接触の状況に照らし、②その者の監督を引き受けたと評価できる特段の事情が認められる場合」である。そして、そうした場合には、その者の「①その者の近接状況や心身状況とともに生活実態にも即応して、②精神障害者の親族間の有無・濃淡、③精神障害者の日常的な援助の内容、④精神障害者の心身の状況や加害行為との関連の有無・内容、これらに対応して行われている生活や介護の実態など」の諸般の事情を総合的に考慮して、④その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能で容易であるなど客観的な見地から準監督義務が認められるか否かという観点から、その者が引き受けるべきだとされる。 (3) 第三者への配慮義務の射程 参考判例①の判断枠組みの内実は、この基準を厳格に解釈するかぎりではない。しかし、これを柔軟に解すると、準監督義務者の射程は際限なく広がる。 これら2つのリスクを回避するために、準監督義務の射程を判断するに当たっては、①その者が精神障害者の生活全般について責任を引き受け、他者の関与を排してこれを支配し、その結果、その者の「①その者の近接状況や心身状況とともに生活実態にも即応して、②精神障害者の親族間の有無・濃淡、③精神障害者の日常的な援助の内容、④精神障害者の心身の状況や加害行為との関連の有無・内容、これらに対応して行われている生活や介護の実態など」の諸般の事情を総合的に考慮して、④その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能で容易であるなど客観的な見地から準監督義務が認められるか否かという観点から、その者が引き受けるべきだとされる。 4. 監督義務違反 (1) 監督義務のハードル 以上の監督義務が認められた者であっても、監督義務を遵守したことを証明できれば、責任を免れることができる。この責任をどの程度容易に認められるかという点については、以下のように、精神障害者の行為についての責任の成否は、①その者の(準)監督義務者である。 また、民法714条1項の文言に反するが、責任を負う者による損害のてん補が、同法709条が定める過失の一般原則からすると、監督義務者は、責任無能力者の生活全般にわたって適切な監督をしなければならない。 (2) 監督の困難性 しかし、その一方で、①には、「責任を問うのが相当と言える客観状況」の有無が問題とされている。これをその事例での判断をどこまで求めるかという判断は、監督義務を肯定すべきである。 これらを総合的に考えれば、監督義務の射程は①の要件を満たすか、②には監督の「可能性」の程度と、「困難性」の程度、③監督の「容易性」の程度と、「接触状況」の程度、④には監督の「実効性」の程度という5つの点に分解され、これらを総合的に考慮すべきだということになる。 (3) 同意の理論 以上の2つの視点の関係をどう整理すべきかは明らかでない。一方で、①は②を判断する際の「視点」にすぎず、あくまで基準は①だと捉えることもできる。 以上の法的な問題点を整理すると、①は②とみて、②ではあくまで監督義務を引き受けたと見ることのできる「べき論」のレベルで、これを総合的に考慮すべきだということになる。 (4) 監督義務違反の有無 以上のうちいずれの解釈が適切かは、準監督義務者の認定と効果をどれほど重大とみるか、具体的には監督義務のハードルをどの程度とみるかに左右される。この点については、後述する。 (5) 具体的判断 本問について、以上のいずれの視点に立って、まず、監督義務の射程をXとX’に広げる。XとX’によるAの監督の有無をどう評価するかが重要となる。本問でのXとX’の監督の監督の監督義務の内容は、Aの行為への関与の程度、これをあえて問題視する。 5. 民法709条に基づく責任 以上のほか、本問で問題となるのは、ほぼないが、結果の具体的予見可能性と結果回避義務が認められる場合には、監督義務者の有無にかかわらず、民法709条による責任が生じ得、これを直接の過失と結びつけて過失の立証責任を転換する考え方も示唆されている。さらに、介護の分担を含め介護の自信がもてるかどうかという観点からすると、これに尽きる。 また、民法709条を根拠に、これを積極的に評価すべきだという見解もあり得なくはない。 以上のほか、本問で問題となるのは、ほぼないが、結果の具体的予見可能性と結果回避義務が認められる場合には、監督義務者の有無にかかわらず、民法709条による責任が生じ得、これを直接の過失と結びつけて過失の立証責任を転換する考え方も示唆されている。 [関連問題] Aは、交通事故の障害によりてんかんを患っていた。医師からは、抗けいれん剤を服用するよう指示されており、また、服薬していても発作のおそれがあるとして、自動車の運転はしないように言われていた。 Aは、勤務先であるB社に対してこのことを報告したまま、自動車を運転する業務に従事していた。ある日、Aは、乗用車として自動車を運転している最中に発作を起こし、歩行中のCをはねて死亡させた。 Aの親族であり、Aと同居しているYは、普段、自動車の運転をやめるようにAに忠告していた。 この場合、Aの相続人、Y、B社の相続人が損害賠償を請求できるか(参考判例①参照)。 [参考文献] 瀬川・民法判例153巻5号(2017)698頁/瀬川・民法判例三木・北法医学雑誌第71巻6号(2021)1788頁 (長野史寛)
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
使用者責任
札幌市の住宅街を中心に、クリーニングの店舗を展開するA社(従業員60名)の社長B(50歳)は、学生の頃から障害者の自立を手助けするボランティア活動に参加しており、いつか自分の店舗でも障害者を雇用したいと考えていた。Bは、A社の従業員数が増加して、障害者雇用促進法の定める法定雇用率を達成する目的もあって、2021年4月1日から、知的障害者C(43歳)を雇用し、札幌市北区の店舗に配置し、ドライ洗いやアイロンがけの仕事に従事させていた。Cは、1つひとつの技術を習得するのに他の従業員よりも時間がかかったが、いったん習得した仕事は、真面目に、確実にこなしていた。 さて、2022年4月1日、Cは、店の新人歓迎会に他の従業員とともに参加した。Cは、かくし芸として手品を披露したが、簡単に見破られてしまい盛り上がりに欠ける結果に終わった。翌日、就業時間10分前に、同じ店の従業員D(33歳)が、アイロンプレスの機械の作動準備をしているCのところに行き、「昨日のあんたのかくし芸、受けなかったねえ」としつこくからかった。最初、Cは相手にしていなかったが、3、4分間、しつこきにまとわれ、また、右肩を小突かれるなどしたため、CがDとうとう「いい加減にしてくれないか」といってDを振りほどいたが、その際に、右手に持っていたアイロンプレス機がDの額に当たり、Dは顔面に大やけどを負うに至った。 そこで、DはA社に対して、損害賠償を請求する訴訟を提起した。Dの請求は認められるか。現時点は2022年7月とする。 ●参考判例● ① 最判昭和39・2・4民集18巻2号252頁 ② 最判昭和51・7・8民集30巻7号689頁 ③ 最判昭和58・3・31判時1088号72頁 ●解説● 1 使用者責任の帰責構造 本問のCは、知的障害者の社会参加に熱心のあった社長Bのもとで真面目に働いていたCであったから気の毒に負傷している。このような善意は報われねば気の毒であり、Dの損害回復にみてみぬふりはしがたい。こんなDの請求を認めれば、知的障害者の就労意欲にマイナスの効果を及ぼすだけであるという考え方も、場合によってはあながち立ち入かもしれない。しかし、本問はDがCを負傷させたという事案と気が変わるところはないであろう。本問でなぜDがCを負傷させたという事案にかわって、知的障害者がどのような形で社会に参加することが望ましいのかという問題は、とうてい民法の議論だけで論ずべくことでもないだろう。以下では、あくまで民法の議論の枠内で、理論的に、Dの請求をどのように正当化することが可能かという観点から検討を行うことにしよう。本件事故のきっかけとなったDのいやがらせは、損害賠loggingのレベルでは、後に述べるように過失相殺(722条2項)の内容として考慮すれば足りると考える。 さて、本問でDがA社に対して損害賠償を請求するとすれば、不法行為を行った被用者Cを雇用していたA社の使用者責任(715条1項本文)を問うという法律構成が最も妥当である。A社という企業自体の不法行為責任(709条)を問うという法律構成の余地もあるが、本問では、不法行為を行った特定の被用者Cの存在は明らかであり、しかも、企業や製造物責任が問題となるケースのように、企業という組織全体の答責と捉えるのが適切な事案でもない。それで本問では、A社は、実際にDに対して使用者責任を負うのだろうか。これを検討するためには、使用者責任がそもそもいかなる構造を有しているのかを理解しておく必要がある。 伝統的な理解に従えば、使用者責任とは、被用者の選任・監督上の過失を理由とする(自己責任説)。民法715条1項ただし書の事由が立証されれば、使用者は免責される(有過失責任)ではなく、使用者の行う不法行為責任を、使用者が被用者に代わって負担する代位責任である。使用者が被用者に代わって負担する代位責任であると解しても、被用者の責任の代わりではないしかし、被用者が行う不法行為責任を、使用者がその責任を代わって負担するにすぎないと把握するわけではない。結局、使用者責任が被用者を使って利益を上げた以上、被用者が引き起こした損失は被用者に負担させるのが公平である)ため、使用者が被用者を雇い用いて社会に対し危害を作り出している以上、そこから生ずる損害は引き受けなければならないという考え方が挙げられるのが通例である。このような思想に照らすと、企業活動に伴って生ずる他者への加害について、使用者の免責(715条1項ただし書)は容易に認められるべきではない。本問においても、被用者の加害が実際に認められた事例はごくわずかにとどまっている。 しかし他方で、使用者は被用者責任を代わりにするにすぎないという理論に立てば、使用者自身の行う不法行為によることを主張・立証しなければならないはずである。それでは、本問の加害者である被用者Cが知的障害者であり、責任能力が欠けている可能性がある場合に、A社の使用者責任は否定されてしまうのだろうか。そもそも、第2に本問では、就業時間前のCの暴行に起因する損害が問われているが、そのような行為の結果についてまで、使用者は責任を負うのだろうか。報償責任や危険責任を求める声がとても大きいとしても、企業活動と無関係の被用者の行為の結果についてまで、使用者が責任を負う理由はないからである。これを、「事業の執行について」(715条1項本文)という文言をどう解釈したのかという問題である。以下、順に検討しよう。 2 被用者の責任無能力と使用者責任の成否 責任能力(712条・713条)とは、加害行為の法律上の責任を弁識するに足りる知能のことである(大判大正6・4・30民録23輯715頁)。このような意味に関わらず、知的障害者だからといって、常に責任能力がないということにはならない。もっとも、本問のCに関する記述(知的障害者でクリーニング技術の習得に時間がかかったが、習得した仕事はこなしていた)だけからは、Cの責任能力の有無に即断することは困難なので、問題を解くにあたっては、責任能力がある場合とない場合に分けて、Cに責任能力があるかどうかで場合分けをして、A社の使用者責任を判断する必要がある。だがこのような機械的な答案を書く前に、そもそも本問で、「Cに責任能力がなければ、Aは使用者責任を負う」と考える方が説得的なのかどうかを検討する必要があるだろう。A社という企業の立場からすると、自社の安全配慮義務を認識する方が障害者の人権と比べれば不十分な場合が想定される知的障害者に関する雇用促進法が定める合理的配慮の義務に関する研究(H30.03・74・労働政策研究・研修機構)を参照させる判例も待たれるのであり、A社の責任は、報償責任や危険責任の考え方に照らすと(後述する事業執行性の要件さえクリアすれば)、直ちに肯定されるべきが、たとえCに責任能力がないと判断されるとしても、A社の社長Bが、障害者雇用促進法に定める合理的配慮義務(均等法36条の2、障害者雇用促進法36条の3、36条の4を参照)をA社が遵守している(知的労働者は、短時間として1人0.5人とカウントされる)以上の配慮がなされたことである。また、無過失を理由とする免責の可能性が残る気持ちがあるが、この結論を法的に支える根拠がある、使用者が、周りの大人にやむをえないわけわからずうちのような危険な職務を負わせていた場合に、使用者は、報償責任や危険責任の理論によって両者の責任能力はともに問われることになる。そして、A社の使用者責任は、被用者のための配慮が妥当であったと評価するのかが妥当である。まず、使用者は、被用者の選任や監督について過失がなかったことを証明すれば免責される。その後、企業活動の進展に伴い、使用者の選任・監督上の注意義務は、代位責任の考え方が定着し、現在では使用者責任が報償責任や危険責任の思想に根ざしていることが広く認められるようになった。この代位責任の原則によれば、被用者側の故意・過失が認められる場合には、使用者側の故意・過失が認められるか否かにかかわらず、使用者責任が認められる。このような新しい使用者責任が認められることについて学問の場では肯定的な見解もあるが、代位責任説に基づいて民法715条を捉え、被用者の行為が民法709条の要件を満たすことや使用者責任を問う前提となると解し、②本問のように使用者の厳格な自己責任という考え方で対処する場合、民法715条を類推し、被用者の責に代わって自己の責任を負うと解した場合、さらには、③民法709条を直接適用し、企業自体の不法行為責任を問うのがふさわしい場合などを、事業の危険性の程度や相手の比較の仕方やメカニズムなどによって、さまざまなる責任のあり方を考えていこうとするのが、近時の有力な流れであり、それは正当だと考えられるのである。 3 被用者の暴力行為と事業執行性 伝統的な代位責任説(1参照)に立つにせよ、今日的な意味での自己責任説(2参照)に立つにせよ、両説の背後にある報償責任や危険責任の考え方に照らすと、企業活動に伴って生じた損害については、被害者ができるだけ救済されるのが望ましい。もっとも、それはあくまでも損害が企業活動に伴って生じた場合である。使用者責任を問うためには、生じた損害が「使用者がその事業の執行について第三者に加えた」(715条1項本文)ものでなければならない。この事業執行性の要件につき判例は、いわゆる外形説を採用し、使用者が事実的不法行為を行った事業でも、「必ずしも使用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけを指すのでなく、広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められるもの」も含むとする(参考判例①)。自動車運転会社の被用者が、私用に使うことが禁止されていた会社の自動車を運転し起こした交通事故を起こした事例で事業執行性を肯定。学説はこの点について、判例の外形説理論に賛成するものが、その一層の具体化を募るものなどに分かれているが、おおむね、被用者が職務を逸脱したような取引外不法行為の場合にも、報償責任理論に根ざす被害者の信頼の保護という観点から、また事業執行性の観点からもうかがえるように、実質的に捉えようとする点では共通しているといってよい。 本問では、この暴力行為が行われた時間が就業時間前であり、しかもC・D間の口論が、直接業務とは関係のない歓迎会での出来事に由来するものであった点が問題となるが、①Cの行為は、店の内部で、しかも就業時間の直前に行われたこと、②Cは、アイロンプレス機という業務に欠かすことのできない道具を使ってDに損害を与えていること、さらに、③口論の原因となった前日の歓迎会も、少なくともわが国の企業風土の下では、事業の円滑な遂行要素の1つに位置づけられるなどに鑑みると、事業執行性の要件は本問では満たされると考えるのが妥当である。もっとも、本件のC・D間の口論の端緒は、Dの悪質な嫌がらせにあり、DがA社に使用者責任を追求する場合には、過失相殺による損害賠償の減額は免れないだろう。 設問関連 DがA社に対して使用者責任を追及する場合に、本問と以下の点で異なる場合に、AまたはDの請求は認められるか。 (1) Dから被害を受けたA社が、国賠で敗訴した殺人犯人の父親Cを相手に、Dに支払った慰謝料額の全額の支払を求めたことに対して、A社は、個別労働関係紛争のあっせん手続を受けることが可能。 (2) C・D間の口論は、前日の歓迎会のCの失敗を揶揄するものであったが、就業時間後のクリーニング店の裏口の外でなされたものであり、しかもDは、このとき警官によって職務質問を受けていた。このとき、A社に対して損害賠償責任を追及することが可能か。 ●参考文献● ★村田一夫「不法行為法〔第5版〕」(有斐閣・2017)216頁/窪田充見『不法行為法〔第2版〕』(有斐閣・2018)203頁/中田太郎・宮謙「『民法行為法』の検証」(有斐閣・2018)192頁 (水野 謙)
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
工作物責任
資産家のAは、居住する都市とは別の地方に、かつて別荘として使っていた3000平方メートルの甲土地とその上に乙建物を所有している。洋館風の造りの乙建物は、明治初期に建てられた木造建築である。Aは、会社の保養施設等として利用したいというB社からの求めに応じて、乙建物をBに賃貸した。Bは、退職した社員らを、あらためて乙建物の管理人として雇い、普段は、Cが、乙建物の維持管理と乙建物周辺の庭の手入れ等を行っていた。なお、一帯は、別荘地として一般に利用されている地域であり、甲土地と他の土地との境は明確ではない。また、甲土地の道路には、「私道」との表示はあったものの、特に、外部からの立ち入りを規制しているわけではなく、通常の林道と区別しにくく、付近の住民等が普段から散策に利用していた。甲土地は、なお、かつては農地として利用されていたが、現在は使われていない。ある日、その道路で、ザリガニをとったりして遊んでいた近所の子どもDが転落して死亡するという事故が発生した。 この場合に、Dの遺族(両親)は、誰に対して、どのような法律構成に基づいて損害賠償を求めることができるかを検討しなさい。 なお、池の周辺には、柵が設けられ、金額が張られていたが、上記事故発生時には、その金額の一部がペンチで切り取られて、人が出入りできる程度の穴が開いていた。従来から、その金額をペンチで切り取って、中に入り、釣りをする者などがおり、Cは、年に数回程度、その金額を補修していたという事実が確認されている。 ●参考判例● ① 最判昭和46・4・23民集25巻3号351頁 ② 最判昭和61・3・25民集40巻2号472頁 ●解説● 1 工作物責任の基本的構造と本問の解決 本問は、工作物に関連する事故を取り上げるものであり、こうした事故については、民法717条の適用がまず問題となる。工作物責任を規定する同条については、特に、以下の2つの点が問題となる。 まず、民法717条の「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵がある」という要件に関し、設置または保存の瑕疵が何を意味し、具体的な事案において、そうした瑕疵が認められるのかどうかをどのように判断するのかという点である。 次に、誰が責任を負うのかという点である。民法717条は、いわゆる特殊不法行為(709条以外の不法行為類型)の中では、まず瑕疵を推定する仕組みになっており、一次的に工作物占有者の中間責任を負うことを規定する(ただし書1項本文)。占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときには、工作物の所有者が責任を負うことを規定している(同条ただし書)。この所有者の責任は、占有者が責任を負わない場合に限るとう点で補充的な責任である。また、無過失を理由とする免責の可能性が規定されていないという点では、いわゆる中間責任ではなく、民法の規定する不法行為責任の中では、唯一の無過失責任ということになる。 2 工作物の瑕疵 (1) 工作物の瑕-疵の意義:客観説と結果回避義務違反説 工作物責任における瑕疵の要件については、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いているといえる状態を意味するとする客観説と、当該工作物の危険性が実現しないようにすべき注意義務を怠ったと評価する結果回避義務違反説が対立している。 客観説は、具体的に生じた結果から、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていたといえるかどうかを問題にするのであり、そのような状態に至らせたのかという点は、特に問題とされない。他方、結果回避義務違反説は、まさしく、なぜそのようなになったのかというプロセスの部分を問題とし、そのプロセスにおいて、結果発生を回避する義務の違反と評価されるものがあるか否かが問題とされることになる。 (2) 工作物の瑕疵の類型と判断の相違 両説の相違は、たとえば、建物の外壁の一部が落下してきて、歩行者が負傷したというような事案では、比較的に明確に示される。客観説では、なぜ外壁の一部が落下したのかという経緯は重要ではない。他方、結果回避義務違反説では、外壁が落下しないように何をなすべきであったのかという点に焦点が当てられることになる。 もっとも、工作物をめぐる事故の中には、上記の外面の落下のように、被害者の関与がない場合に、工作物がもっぱら攻撃してくるというタイプのものもあれば(攻撃型の瑕疵)、本問のようにDの関与があってはじめて工作物の潜在的な危険性が実現するというタイプのものもある。後者においては、被害者が当該工作物に近づくこと等の関与をどのように防ぐのかといったことが問題となる(守備ミス型の瑕疵)。 後者の守備ミス型の事故類型では、瑕疵についての客観説と結果回避義務違反説との相違は、攻撃型の場合ほどには明確ではない。客観説においても、そこで工作物が通常有すべき安全性を有しているか否かは、危険な工作物等に防護ネットが張られるなど、「安全性を確保するために必要な措置が講じられていたのか」という点を通して判断されるのであり、その点では、結果回避義務違反説と基本的に共通するからである。 本問のようなケースにおいて、柵等がまったく設けられていなかった場合、「柵が設けられていなかった」ことが、客観説では「通常有すべき安全性を欠いていた」と評価され、結果回避義務違反説では「結果回避のために必要な義務が怠られていた」と評価されることになる。 もっとも、このように守備ミス型の事故においても、客観説と結果回避義務違反説が完全に一致するわけではない。本問のように、誰かが金額を切り取って穴を開けたために、危険な状態となった場合に、その危険性を「回避する可能性」があったのかどうかという点で説が分かれてくる。 まず、客観説では、当該事故が発生した時点での、当該工作物の客観的状態(安全性の欠如)が問題とされるのであり、本問の場合にも、誰によって、いつの時点で、どのように穴が開けられたのかという点は問題とならない。 他方、結果回避義務違反説では、異なる理解をする可能性がある。結果回避義務違反説の基本的な主張が、過失と過失を一元的に理解するのだという点にあるのだとすると、そこで事故回避を問題とする場合、当該義務を履行する実現可能性をまったく無視して瑕疵を議論することはできない。したがって、本問の場合も、そのような穴が開けられたということを前提として、どのような対策が可能だったと考えられるのかを問題とせざるを得ない。穴が1週間も前に開けられていたとすれば、それをみつけ、修復することが可能だったということになる。他方、それが事故発生の直前であったというような場合には、それを発見することも、それに対処することも困難であり、結果回避義務違反としての瑕疵を認定することはできないというと結論が導かれる。本問においては、どのように穴が開けられたのかという経緯は示されていない以上、それについて必要な場合分けを行ったうえで、問題を考えていくことになる。 3 工作物責任と責任主体 民法717条は、工作物責任を1次的に負担する主体を工作物の占有者であるとし、占有者が損害発生のために必要な注意を尽くしていた場合に、補充的に、工作物の所有者が責任を負担するということを規定している(なお、瑕疵についての客観説を前提とすれば、瑕疵の有無の問題と責任主体の問題を区別して議論することは容易である。他方、結果回避義務違反説を前提とすると、両者を切り離して議論すること自体困難になる)。 (1) 賃借人としてのB社の占有者責任:賃借権と占有の範囲 さて、工作物責任では、まず占有者としての責任を誰が負担するかという点が問題となる。本問でも、誰が、この一次的責任を負担する占有者なのかを検討しなければならない。 まず、建物自体については、AはBに賃貸借契約があり、Bが、乙建物の占有者であるということには本問の文章からも明らかである。したがって、Bが、乙建物について、占有者の立場にあることは問題ない。では、管理人CがいることでBの占有者であることが否定される事実はなく、Bは、占有者たる地位をCとの関係を否定する事実はない。占有補助者であることについては、詳細な記述はされていない。 他方、甲土地についての賃借権は、本問では詳細には示されていない。甲土地も、賃貸借の対象となっていたとすれば、甲土地上の池について、も、Bの占有者としての責任が問題となる。他方、賃貸借の対象はあくまで乙建物(周辺の庭)だけであり、Bは、乙建物の利用に必要な範囲で、乙建物周辺の土地の利用権限が認められているにすぎないと解すると、甲土地上のどこにあったのかが示されていない池について、Bが占有者としての責任を負担するか否かは、ここで示された事情からだけでは明らかではないということになる(なお、建物を目的とする賃貸借があった場合に、当該建物が立つ土地について、どのような法律関係となるのかという点は、それ自体が1つの問題となるが、それについては賃貸借についての教科書等の説明を参照されたい)。 (2) 工作物等の占有者における管理的な支配地位 Cについては、上記のとおり、Bの占有補助者であり、C自身が、甲建物あるいはその周辺の土地の占有者として、民法717条の責任を負担するものではないと考えられる。 なお、本問の中には、過去に、Cは、年に数回程度、その金額を修理していたということが示されている。ただし、この修理の経緯に関する事情(なぜそこは、それを修理していたのか等)は必ずしも明らかではなく、この事実のみをもって、占有補助者としてのCの管理とBの占有をただちに基礎づけることはできないだろう。 (3) 所有者の責任:工作物所有者の補充的責任 占有者としてのBが責任を負わない場合、Aの責任が問題となる。 この場合に、Bが責任を負わないというのは、2つの異なるレベルで考えられる。 まず、当該池がある部分の土地については賃貸借契約は成立していないとすれば、そもそもBは、池の占有者ではなく、民法717条1項を適用するという前提を欠く。この場合は、Aは、自ら所有し、(直接)占有する当該池について所有者責任を負担することになる。ここには、占有と所有が分離していないので、同項について、本文によるのか、ただし書によるのかは、実質的な問題とはならない。 他方、当該池を含む土地についても賃貸借契約が成立していたということになると、Bは、池についても占有者としての責任を負担することになる。そのうえで、損害の発生を防止するのに必要な注意を尽くしていたということを、管理についての無過失を立証できた場合には、責任を免れるのである。以上のように、Bが責任を負わない場合には、いずれにしても、Aが所有者として責任を負担するということになる。そして、Aの所有者については、占有者の責任と異なり、無過失の立証による免責は規定されていない。したがって、十分な注意を尽くしていたということを仮に立証できても、それはAの免責をもたらすものではない(ただし、結果回避義務違反説を前提とした場合には、瑕疵がないとして責任が否定される可能性は残される。もっとも、そのように理解すると、民法717条1項ただし書は、実質的には意味を失う)。 4 本件事故発生に関するDの関与と損害賠償額の決定:過失相殺等をめぐる問題 本問のような守備ミス型の工作物事故においては、通常、被害者の関与があるために、それをどのように位置づけるのかが問題となる。この点については、もっぱら民法722条2項の過失相殺の問題として扱われる。 したがって、本問の場合、Dが、フェンスに開いた穴から入り込んで、そこで遊んでいたということについて、Dの年齢(過失相殺能力の問題)、当該池の状況、さらには、Dの遺族である両親のDに対する注意などの対応(被害者側の過失をめぐる問題)等に照らしながら、過失相殺として考慮し、その損害賠償請求において映させるということになる。 なお、D自身が、ペンチで金額を切り取って穴を開けたというような事実があったとすれば、そこでは、客観説と結果回避義務違反説のいずれによっても、そもそも工作物の設置等の瑕疵(Dにとっての危険性)はなかったということになり、民法717条の責任は成立しないと考えられるだろう。 5 その他の賠償義務者 本問のような工作物の瑕疵のような工作物の事故に際しては、民法717条の工作物責任が問題となるが、同時に、他の責任の可能性、特に民法709条に基づく責任の可能性を排除するものではない。 上記の(3)のとおり、占有補助者にすぎず、民法717条1項の占有者としての責任は負担しないとしても、Cの過失(たとえば自らが管理する箇所の金額に穴が開いて、何らかの危険な状態になっていたにもかかわらず、漫然とそれを放置した等)を理由とする民法709条の責任までが排除されるわけではない。また、金額の一部を切り取った者を特定できた場合、その者が、本件事故について、民法709条の責任を負担する(工作物占有者等とともに、民法719条により連帯責任を負担する)ことも十分に考えられるだろう。 民法717条1項に基づいて責任を負う者は、同条2項により、これらの者に対して求償をすることができる。ただし、BからCへの求償は、使用者責任における被用者への求償と同様、信義則上、一定の制約がなされることが考えられる。 設問関連 (1) 本問において、Cが、工務店を営むEに連絡をとって、金額の修理を依頼していたが、Eが、その依頼を忘れて修理していなかったという場合に、Eと、被害者およびA・Bとの間にどのような法律関係が成立するかを検討しなさい。 (2) 本問において、Bの占有者としての責任が認められないという場合において、事故発生時には、甲の所有権がすでにAからFに移っていたが、その移転登記がなされていなかったというときに、Dの遺族は誰に対して民法717条1項ただし書の所有者の責任を追及することができるのかを検討しなさい。 ●参考文献● ★大塚直「民法715条・717条(使用者責任・工作物責任)」広中俊雄=星野英一編『民法典の百年Ⅱ』(有斐閣・1998)673頁 (窪田充見)
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
共同不法行為|関連共同性
甲川の下流域で畑作を営むXは、甲川から分岐する水路から自己の水田に水を引き利用していた。ある年、甲川の上流にA・B・Yからなる三工場が設置されて、各工場はそれぞれ有害物質を含む廃水を甲川に流し始めた。物質Aには植物の成長を過剰に促進する成分が含まれていた。 A・B・Yの各工場が操業を開始して迎えた最初の夏、Xの水田の稲は異常に成長し、自らの重量に耐え切れず次々に倒れてしまった。これにより、Xは水田から米を収穫することができず、1000万円の損害が生じた。 この場合に、XはYに対して損害賠償を求めることができるか。また、これに対してYはどのような主張をすることができるか。なお、Xの調べでは、A・Bの各工場は、Aが原料Bに添加し、Cが関与した物質を最終的にYが加工してある製品を製造するという関係にあり、相互にパイプラインでつながれて一体的に操業していた場合 (2) A・B・Yの各工場は、たまたま同じ時期に建設されたというだけで、操業については相互にまったく関係がなかった場合 ●参考判例● ① 津地裁四日市支部判決昭和47・7・24判時672号30頁 ② 大阪地判平成3・3・29判時1393号22頁 ③ 大阪地判平成7・7・5判時1538号17頁 ④ 最判昭和55・3・17民集75巻5号1359頁 ●解説● 1 複数加害者と不法行為 本問の公害汚染や大気汚染は公害問題の典型の1つであるが、このようなタイプの公害には、複数の原因者が関与するが、各行為の寄与する割合が不明な場合も少なくない。すなわち、不法行為の観点からすると、複数原因という点に特徴がある。この場合、原因物質を排出する行為者が数多いゆえに、各々の排出行為は単独では被害の全額を惹起するほどのものではないこともあり、個々の加害行為と損害の間の個別的な因果関係を証明するのは非常に難しくなる。もっとも、複数の行為者をまとめて把握できるなら、それらの因果関係を問題とすればよく、因果関係を証明するうえでの困難は大きく軽減する。 さて、損害の惹起に複数の行為者が関与する場合に関して、民法は719条を用意している。これは、ⓐ狭義の共同不法行為(719条1項前段)、ⓑ加害者不明の共同不法行為(同項後段)、ⓒ教唆・幇助(同条2項)について、連帯責任という効果を定めるものである。 なお、民法719条にいう「連帯」とは、改正民法466条以下の規定のある連帯債務ではなく、不真正連帯債務であるとされてきた。しかし、今日の民法改正では、不真正連帯債務に係る判例の規律を連帯債務の規定に取り込み(兎脱等)、また、連帯債務と異なると法令の規定がある(436条)を受けた、連帯債務規定の適用の通説にのっとるのが合理的である。もっとも、共同不法行為者の求償については、改正民法442条1項を適用しない解釈もありうる(一歩一歩119頁)。 2 民法719条1項前段の要件―共同の項 (1) 客観的共同説 かつての支配的見解は、民法719条1項前段について、「共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が右違法な結果についてその賠償の責に任ずべきもの」と解していた(東判昭和43・4・23民集22巻4号964頁)。これによると、狭義の共同不法行為は、民法709条の不法行為が複数成立する場合を含み、両条にはない「共同」という要件は、複数の行為者が関連して損害が発生したという行為者間の客観的な関連性だけで満たされることになる(客観的共同説)。 他方、同一の加害者について複数の請求権が認められる場合に基づく不法行為責任の成立する場合、これらの不法行為は各自が全額について責任を負うと考えられている。結局、客観的共同説によれば、小問(1)(2)いずれも民法719条1項前段が適用される。XはA・B・Yのいずれに対しても損害の全額を求めることができる。なお、民法719条の成立要件のうち客観的関連性は、各行為に全部惹起力がある場合に小さく、それぞれの寄与率が明確でない場合に認められることがある。 (2) 批判的見解 しかし、客観的共同説を定めるような理解では、要件・効果のいずれにおいても、民法709条とは別に民法719条を定めた意味がないことになる。そこで、近時は、民法709条では対応できない場面を規律するために民法719条があるとさえ、そうした特別の責任を負わせる根拠を共同行為に求める見解が支配的である。しかし、この点については、行為者の主観的な要素を重視する見解(主観的共同説)のほか、各自が他の行為を利用し、他方で自己の行為が他人に利用されるのを認識する意思を問題に関係にある場合には(共通の意思がある場合に、小問(2)のようなコンビナートの場合もこれに該当する)、共同の意思疎通があるわけではない。ここで、各行為者の責任を個別に評価することも重要である。しかし、そこで主観的要素を重視せず、客観的要素を重視して、複数の加害行為が、場所的・時間的に近接しているなど社会通念上、一体の機会と認めることができる程度に一体性があればよい(主観的要件が緩和された一体的行為論)とする。 (3) 一体的行為における独自性 主観的・客観的関連性を重視する見解は、一般的には、不法行為(709条)では責任が成立しない、または成立しにくい場合にこそ狭義の共同不法行為を認める必要があるとする。共同行為によって複数の者が1つにまとめられる結果、共同行為者の1人は、他の者が惹起した行為の結果についても、自己の行為との関係なくとも責任を負う(共同とされる者の賠償範囲は、被害者との関係では、この共同とされる行為との相当因果関係で決まる)。一体的行為論はすでに狭義の共同不法行為が適用された理由はこの点にあり、共同要件の内容もこれを説明する根拠にふさわしく設定されている必要がある。 他方、共同要件が満たされる場合には、複数の加害者の事例は狭義の共同不法行為の問題ではなくなる。その場合でも、複数原因者の各行為について一般的不法行為の成立を認めることができれば、独立した不法行為責任が競合することになり、複数加害者の連帯責任を導くことができる。しかし、多数の排出源によって生じた水質汚染・大気汚染を介して多数の健康被害に至った場合において、1つの排出源ではすべての被害を発生させることができない、または被害者の1人の健康被害のすべてが生じるわけではない、という事態も多い。そこで排出行為者の各自が全部の損害について責任を負うのか(そもそも因果関係が認められるのか)という点は必ずしも明らかではない。そのため、一般的不法行為は複数被害の事例への対応という点で必ずしも十分とはいえないと考えられている。 3 民法719条1項後段の適用の是非 そこで、複数原因者の事例については、民法719条1項後段・709条以外の対応が模索されてきた。その際に利用されたのは、同条1項後段の規定である。 (1) 民法719条1項後段の適用場面―択一的競合 民法719条1項後段は、択一的競合という原因競合の一事例に対応する規定である。この規定によれば、複数の者がいずれも被害者の損害をその行為で惹起しうる(すなわち、全部惹起力がある)行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合、当該行為者は連帯して損害の全部について賠償責任を負う。各行為者の行為と権利侵害・損害との因果関係に係る証明責任が転換される点で、一般不法行為の特則となる。その趣旨は、択一的競合という状況において被害者が陥った困難を救済することにあり、被害者が原因となりうる行為をした者からある程度まで絞り込めば、結果との因果関係は推定することにしている(よって、被害者によって特定された複数の行為者のほかに加害者の損害をそれぞれの行為で惹起しうる行為をした者が存在しないこと、も要件となる)。 (2) 民法719条1項後段の類推適用―寄与の割合における寄与不明認定責任 原因競合が生じる複数被害者の原因関係に対して、被害者保護のためのさらなる対応が図られている。すなわち、複数の者がそれぞれ全部惹起力のない行為を行った状況において、そのうち誰か一人の行為がいずれもが被害者の損害を生じさせる原因であり、かつ、この範囲の者が全体としての程度の損害を惹起した(参考)はずだがそれぞれの寄与度は不明である場合に、この範囲の者はその寄与の程度で連帯責任を負う、という対応である。想定されているのは、複数の者の行為に全部惹起力はなく、これらが重なり合ってはじめて結果が発生する。という原因競合(競合的競合)の事例である。前出の判決は、集合的競合の場合に、寄与度が判明する一定範囲の複数行為者について、①各行為者に限定した範囲で、②連帯責任を負わせる、という2つの内容をもつ。③は、本災害の全部を引き受けただけの因果性を見いだしていないにもかかわらず、全額の賠償責任を負わせる、という事態を因果関係の推定に頼らずともいえる。この点で、民法719条1項後段の発想、すなわち、個別の因果関係は不明だが一定範囲に絞られた者の行為と因果関係は認められる場合に、因果関係の立証責任を転換するという趣旨の同条後段を拡張したものとみることもできる。そもそも、大気汚染の集合的競合を扱った千葉判決は、複数の行為者に弱い関連しかない場合に、共同不法行為として当時の全部の賠償責任を認めるもので、法律構成としては、同項後段の適用(参考判例②)・類推適用(参考判例③)が用いられていた。最高裁も、近年、発展問題に掲げた事案において、同項後段の類推適用によってこのような対応を認めている(参考判例④)。 設問関連 Xらは建設労働者10名は、複数の建設作業に従事した際、そのそれぞれにおいて石綿粉塵に曝露し、石綿肺に罹患した。石綿建材の製造会社は、Y1・Y2・Y3を含めて10社に限定され、いずれもその製品から生ずる粉塵を吸入すると石綿肺に罹患する危険があることを表示することなく石綿含有建材を製造販売していた。Xらは、建設現場でY1~Y3を含む複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱ったため、累積的に石綿粉塵に曝露した。さらに、①Xらは建設現場でY1~Y3の製造販売した石綿含有建材を相当な回数で取り扱っており、②これによるXらの石綿粉塵の曝露量は、各自の石綿粉塵の曝露量全体のうちの5分の1程度であることは判明したが、③Xらの石綿肺の発症についてY1~Y3が個別的にどの程度の影響を与えたのかは不明であった。 XはY1・Y2・Y3に対して損害賠償を求めることができるか。 ●参考文献● ★能見善久・争点284頁/内田貴『近時の共同不法行為に関する覚書(下)』(下)株〔上〕(下)NBL1081号(2016)4頁・1082号32頁、同1086号4頁・1087号19頁 (小池 渉)
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
共同不法行為|過失相殺
Xは、2021年9月6日午後10時ごろ、制限速度が時速50キロメートル、終日駐車禁止の片側2車線の交通量の多い道路を自家用車で走行中、携帯電話の着信に気づき、左側の第1車線のハザードランプを点滅させて車を止めたところ、同じ車線を前方不注視のまま時速60キロメートルで走行するYの運転する自動車に後続に追突された。このとき、以下の2つの独立した過失に加えて、現在の論点は2022年3月1日である。 (1) Yは、前方に駐車中のX車に気づき急ブレーキをかけたが、わずかに間に合わず、X車のリアバンパーの一部をへこませた。運転中にシートベルトを外していたXは、頭部をハンドルに強打したので、近くのA救急病院まで自ら車を運転して、当面の9日間の治療(脳神経外科が専門)の診察を受けた。Xは、当時、意識が鮮明であり、また、Bの問診に対してシートベルト未装着の事実を告げ、診察による首の痛みだけを訴えたため、Bは、Xが軽い鞭打ち症だと考えCT検査等をせずに経過観察を指示してXを帰宅させた。しかし帰宅直後、Xは急性硬膜外血腫により容態が悪化、救急車でA病院に運ばれ手術を受けたが、重い後遺症が残った。Xは、Yに対して、後遺症による損害の賠償を請求できるか。 (2) Yは、駐車中のX車に気づき、後方確認をせず、右ウィンカーを出すのと同時に第2車線に進路変更したところ、第2車線を時速80キロメートルで走行中のZの運転に追突された。その衝撃でY車は、X車に衝突した。この事故でX、Y、Zはそれぞれ1200万円、Y・X・Yの過失割合は1対4対5である。X、Y、Zに、それぞれいくらの賠た償を請求できるか。 ●参考判例● ① 最判平成13・3・13民集55巻2号328頁 ② 最判平成15・7・11民集57巻7号815頁 ●解説● 1 小問(1)について 小問(1)では、交通事故と医療過誤が複合的に競合している場合に、どのような法的処理に服せられるか。加害運転者と医療機関は、医療過誤で患者が死亡するにまで至らず、ある程度は後遺障害の程度が低減しているという点で、この事故について医療過誤がない場合であっても、Yの運転による交通事故という3次的ないしは副次的な関係に基づき、どこまで賠償責任を負うか、が争点となる。まず、Yの違反した注意義務は交差点の直前で、その射程は、駐車中のXに追突しないことにある。しかし、Yの行為に起因した硬膜外血腫は、治療が遅れれば死亡または重篤な後遺症が残る病気であり、本問では、まさにそのような事態による特別の危険が実現しているということになろう。もっとも、Yは後遺障害も賠償すべきということに反対するであろうか。もっとも本問では、傷害の程度が軽微だったのに、Xのシートベルト未装着の過失が競合して損害が拡大している点が問題となる。しかし、民法709条の文言から、加害者の過失に応じて損害賠償の範囲の変更という結論を導くことはできず、また、過失相殺(722条2項)の問題で考慮すべきである。それでは、医療過誤におけるBの対応は、どう考えたらよいか。Xは、硬膜外血腫が適切に治療されることを期待する権利に反するであろうが、この期待は保護されるわけではない。一般に、複数の治療法から最良も保護される権利に基づいて、事故の状況を正確に申告し、最善の治療法を選択し患者に治療することが、最善の治療法の選択や治療がなされた結果にあるからである。もっとも、本件で、当時の医療水準を大きく下回る治療がなされたかどうかは、Bに患者であるXに対する注意義務違反を理由に、Yへの損害賠償請求を否定する根拠にはならない。Xへの不適切な応答は、医療機関の判断で今後確定される。 (2) 判例の立場 以上、Y、Xの責任を賠償額という観点から検討したが、参考判例①は、交通事故と医療過誤が複合的に競合した病院の責任が問われた事例で、「本件交通事故により〔被害者は〕治療すれば必ず治癒する傷害を負った」が、被告病院において「適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもって〔被害者を〕救命できた」のであるから「本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが、〔被害者の〕死亡という不可分の一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する」としており、連帯責任を負うべきである。この請求権の法的根拠は、民法719条の共同不法行為にあり、各行為者は、損害の全額について連帯して責任を負うことを示している。近時の判例は、加害行為者が独立して不法行為の要件を満たしており、かつ、客観的関連共同性のある加害行為と相当因果関係のある範囲の損害賠償責任を認めている(いわゆる結果共同説)。これも参考判例には、過失相殺に加えて、一体の機会を捉えて請求の全額を認めている。この、判決は従来の判例の立場を維持しつつ、民法719条1項後段の適用一体・機会の判断を維持したと見ることができる。 (3) 共同不法行為を議論する機会 しかし、判例をどう理解するにせよ、機会が連続して被害者の治療が遅滞により死亡した場合、医師や病院は、初期治療開始後に患者に不注意がなければ(後続の過失)、被害者の賠償請求の対象となる。なぜならば、負傷や病気の程度が何であれ、医師は最善を尽くして患者を治療する義務を負い、かかる義務を怠ったことから生ずる損害の賠償責任を負う。患者または医師は自己の治療の結果について、第三者に対する損害賠償の請求権を留保した上で治療に臨んでいるわけではないからである。他方で、参考判例①によれば、医療過誤と交通事故が複合的に生じた全額の賠償責任を負うことでありうるが、医師に重大な過失が認められた事案について、医療機関は損害の賠償額を軽減すると主張する(1参照)。このように、共同不法行為と損害の賠償との一体性という観点から、運転者と医師の賠償範囲が自動的に決まるわけではない。参考判例①の意義は、医師の職業倫理に照らして勤勉義務に違反した加害者と交通事故の責任とを比べた方が、後続の過失に基づく全面的責任しか認めなかったため、共同不法行為という理論に依拠して病院の減責を否定した点にあり、それに尽きる。むしろ、本問のような事案では、競合的不法行為(独立の不法行為)の事例と捉えて、各加害者の賠償額と負担額を個別に議論すべきである。損害賠償の範囲がここで定まるかという検討こそが重要であり、その結果、各加害者が負うべき賠償が(偶然にも同一額に達して責任を負う)という結論に達したときに、共同不法行為というタームを用いてこれを説明するかどうかは、まさに言葉の問題ではないだろうか。 (4) 相対的過失相殺 相対的過失の議論を請求されたYは、損害の発生および拡大に関わるXの過失を基礎づける事実、①交通事故の多い道路上で駐停車したことおよび②シートベルト未装着だったことなどからなるBの治療の前提にも問題があったことを主張して、過失相殺を主張し、賠償額の減額を求めてくることが可能である(過失がXに寄与している以上、Yとの関係で適用も可能となる)。仮に、Xが病名を隠すなど、①と②の過失が認められ、Xの過失を基礎づける事実がある。Xの過失が損害の発生・拡大に与える影響も各異なっているので、各加害者との関係ごとに過失相殺を分ける方法(相対的過失相殺)について判例がある。過失相殺が不法行為による損害について当事者間で「相対的な公平の分担を図る制度である」という一般的な理由を挙げたほか、「加害者及び被害行為を異にする2つの不法行為が順次競合した結果被害が死亡した」事案では、各不法行為における「加害者の過失及び被害者の過失の内容や割合も個別に判断すべきである」という結論を説明して、相対的過失相殺を認めている。 2 小問(2)について (1) 絶対的過失相殺説 以上のように、性質を異にする不法行為の競合的な事例では、共同不法行為の成否は問題となるが、過失相殺の方法に大きな異論はない。それに対して、小問(2)のように同種の不法行為が時間と場所を同じくして競合した場合、共同不法行為の成立自体には異論はない。問題は、過失相殺の方法である。これについて参考判例②は、「複数の者の過失及び被害者の過失が競合する1つの交通事故」では、すべての過失を総合した絶対的過失相殺)を認定できるとした。その場合に、基づくべき過失相殺をした結果を前提として共同不法行為に基づくべき賠償責任を負う、としている。これは、本問では、X、Yに対して12分の7という過失割合による過失相殺をした残りの損害額の1100万円を請求できる。そしてXは1100万円をYに支払うと、Yは内部的な負担部分400万円を超える700万円をZに求償する。すなわち、Yはこの限りでYの無資力のリスクを負担することになる。参考判例②は、絶対的過失相殺説を採っており、相対的過失相殺では「被害者が同時に複数の不法行為のいずれかの過失相殺も受けられることによって被害者保護の保護を損う」とする民法719条の趣旨に反する」と明示する。仮に、相対的に過失相殺をすると、XはYに賠償請求をされるものの960万円をYには8分の7の1050万円しか請求できない。この理論は、たしかに絶対的過失相殺の場合よりも不利にであり、「被害者保護」に反するようにみえる。 (2) 被害者にはなぜか酷か しかし、不法行為における「被害者保護」という言葉は、被害者が「なぜ」保護に値するのかという点を省略した議論をすることに容易につながるチームであり、慎重に用いる必要がある。絶対的過失相殺説をとり、XのYのみを相手どって960万円を請求したケースを想定すると、Xは残りの240万円を回収することになる。これが絶対的過失相殺をした場合のXの負担額(100万円)よりも多い。この240万円には、Yの絶対的過失相殺組合せ12分の7に相当する700万円をYにさえどの絶対的過失組合せ(4対1)で按分した140万円が含まれているからである。すなわち、相対的過失相殺の枠組みのもとでこそがYに賠償を請求するときには、Xは他の加害者のYの絶対的過失割合に相当する損害額の一部まで引き受けさせることになる。問題は、このことが共同不法行為の趣旨に照らして不適切なのかどうかである。仮に、YからXの行為が時間的・場所的に密接に関係し、社会的に一体性を有する一方で、Xがゆるい関連共同性とは無関係の単独の不法行為があったかつての戦場だったようなケースであれば、Xにほかの加害者の過失割合の一部を負担させることが公平性に適するであろうか。ここで絶対的過失相殺を当然とする、一の加害者の損害の加害部分について無資力のリスクを負わせるのが、加害行為の関連共同性に鑑みると望ましい(もっとも、このとき筆者にとっても過失割合は絶対的過失相殺を選定しにくい場合が多いだろう)。しかし、本問のXは、Yらと並んで、場所と時間を同じくしながら、自動車の運転者として互いに守るべき注意義務に違反している。たまたまYから1つの交通事故でいえば、「被害者」と呼ばれているいるが、本問のような相互的な事故では、事故の加害者を被害者とはっきり区別できるような「被害者」の強い関連共同性の場合には、被害者側の行為もまた関連共同性の一部を形成しているといえる場合には、相対的過失相殺の一部をYに賠償請求することがむしろ自然であるといえるか。絶対的過失相殺を採るのが妥当である。しかし、この点で民法に明文があるわけではないが、損害賠償額が縮減された場合に、公事事例の判例の見直し・是正が必要である。 (6) 予測の正当性とその射程 もっとも、学説の多くは参考判例②の立場に好意的である。小問(2)で、判例や多数説の立場に与し、これを正当化したいのであれば、「絶対的過失保護」という視点は民法719条の基本的な考え方とどう整合的かについて述べたうえで、加害者らと同じ共同不法行為の中にいるという点よりも、加害者らに強い連帯責任を負わせるには必ずしも着目して、加害者の一方の無資力のリスクをYに負わせてもかまわないという実質的な実質を基礎づけるべきである。さらに、絶対的過失相殺のほうが被害者の安定的な損害賠償である(相対的過失相殺の理論が保障されている。同法制度は、という司法政策的な観点に言及してもよいかもしれない。もっとも、参考判例②は、「絶対的過失相殺」を認識できることを前提に絶対的過失相殺を説いている。加害者と被害者の過失割合が1つの「交通事故」の事例では、単独の加害者との関係では、たしかに絶対的過失相殺が適合しやすいが、各当事者の過失がそれも同質であるとはいえない場合は絶対的過失相殺の算定が困難であり(不同質で複合的な場合には本事例のほか何割に相当すると考えられる)、その場合は絶対的過失相殺が相当とはいえず、相対的過失相殺をするほかはないだろう。なお、加害行為がそれぞれ異質である場合には、共同不法行為がなされるのか、それとも競合的不法行為(1(3)参照)と捉えるべきかという論点が同時に浮上することにも注意が必要である。 設問関連 (1) 小問(2)で絶対的過失相殺説をとる場合、Xが最終的に負担する金額について、絶対的過失相殺と同時に特に100万円と特に50万円と見積もる、Xの求償権額という見解があるが、理論的に金額が少なくなるといえるのは、Zは980万円をYに賠償して、連帯債務者になった場合、Xは100万円を負担するというのである。この立場に立った場合、Yらの負担部分、それぞれいくらになるか。 (2) Xが夫の運転する自転車に同乗中、Y運転の自家用車と交差点で衝突し、Xが負傷した(Xの損害額は1000万円、Yとの過失割合は2対8)。Yは、Xにどのような賠償を請求できるか。本項目のテーマ(「被害者側の過失」)議論との関連でこの方の見解にしながら検討しなさい。最判昭和51・5・25民集30巻2号160頁と最判平成20・7・4判時2018号16頁を参照のこと。
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
製造物責任
家電メーカーの現地法人Bは、P国に工場をもち、電動ストーブを生産している。Dが独占ストーブは、Aによりわが国に輸入され、大手家電メーカーのブランドで量販店スーパーマーケットを中心に販売されている(商標をαとする)。 Kは、2024年11月1日、Dの経営する家電量販店で、αを1台、代金1万2千円で購入し、持ち帰った。Kは、購入したαストーブ(βとする)を子犬の大学生Xに渡し、Kは、自分の勉強部屋でβを使い始めた。βは、同年7月17日に被告が販売された商品であった。ところが、使用開始から数日経過した頃から、Xは原因不明の頭痛・不快感等に悩まされるようになった。Kは、2025年1月9日に、XをS大学病院で診察してもらったところ、Xの症状は「化学物質過敏症」とされるものの判定基準を満たすことが判明した。また、XとKは、医師との会話の中から、Xの症状がβから出る化学物質によるものではないかという疑いをもちうるようになった。そこで、Xは、翌日からβの使用をやめたが、症状は一向に改善しない。外出先でも頭痛・不快感に悩まされる機会が増え、将来の就職にも不安を感じている。Kは、βを専門の検査機関で調べてもらったが、そこのβの微量の化学物質が出ていることが判明した。 なお、Kは4LDKのマンションに暮らす4人家族であるが、家族にはX以外、症状は出ていない。また、αについては、「スイッチを入れたあとの臭いがきつい」との苦情がたびたびDのもとに全国で30件ほど寄せられているが、Xのような症状を訴える者は今のところ出ていない。現在は、2025年8月15日である。 あなたは、KとXから、Dの従業員に対して損害賠償請求をすることをと考えているが、法律上の問題点があれば教えてほしいとの相談を受けた。あなたは、どのような助言をするか。 ●参考判例● ① 東京地判平成6・3・29判時1493号29頁 ② 東京高判平成18・8・31判時1959号3頁 ③ 東京地判平成20・8・29判時2031号71頁 ●解説● 1 考えられる請求の方法 本問では、Xが請求権者となって損害賠償請求をしていく可能性と、Kが請求権者となって損害賠償請求をしていく可能性がある。 このうち、Xは、自己の健康に対する侵害を理由として、不法行為に基づき損害賠償請求をしていくことになる(なお、「第三者のための保護を伴う契約」の射程もあるが、この問題についてふれる文献は少なく、また、本書の読者層を想定したときに必ずしも言及に堪えないと考える。解説を省略する)。また、Kは、(解説の都合上、民法711条の適用に関する問題を問うとすれば)βの売主に対し、βの瑕疵を理由として損害賠償請求をしていくことになる。 以下では、まず、Xによる損害賠償請求の可能性、ついでKによる損害賠償請求の可能性について整理する。 2 B・A・Cに対するXの請求:製造物責任法3条に基づく損害賠償請求 Xによる自己の健康に対する侵害を理由とする損害賠償請求であるが、まず、請求の相手方を考えてみよう。 Xとしては、実際にβを製造したB、輸入したA、βにブランド名を付したC、そして、βを製造したDを請求の相手方として考えることができる。 このうち、B・A・Cについては、(民法709条による請求の可能性は否定されないとして)無過失責任を定めた製造物責任法3条に基づく損害賠償請求の可能性がある。 製造物責任法は、1994年に成立した法律で、1995年7月1日の施行日後に製造業者等が引き渡した製造物について適用される(それより前に引き渡された製造物による事故は、民法の規定によって処理される)。製造物責任法が適用されるのは、「製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る損害が生じた場合」である(製造物2条1項)。そこでの「製造物」とは、「製造又は加工された動産」であるから(同条2項)、本問におけるβは、これを満たす。また、製造物責任法で責任を負うのは、「製造業者等」であるが、ここには、当該製造物を業として製造・加工している者のほか、輸入業者や、製造業者として製造物に表示されたその他意図的な製造業者も認められる者が含まれる(同条3項)。その結果、B・A・Cは「製造業者等」として、製造物責任法3条に基づく責任を負担する地位にあるものといえる。 もっとも、製造物責任法3条の責任が成立するには、βが無過失責任であることのほかに、「欠陥」があったのでなければならない。ここにおける「欠ゅかん」とは、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」である(製造物2条2項)。しかも、同法4条・5条によれば、欠陥は、製造物の「引渡時」に存することが必要である。さらにいえば、製造物の「欠陥」が引渡時に存したことについて、被害者が主張・立証責任を負う。加えて、「欠陥」と損害・因果関係がないと損害との因果関係)も必要であり、これについても被害者が主張・立証責任を負う。その結果、製造物責任がもつ(過失の証明を必要としない)無過失責任であるとされたのに、「欠陥を立証できなければ、損害賠償請求が認められない」とか、「因果関係を立証できなければ、損害賠償請求が認められない」といった懸念も生じてくる。 こうした懸念に対しては、主張・立証の対象となる事実を被害者に有利にとらえることで対応することが考えられる。その手がかりとなる判決が、製造物責任法施行後の民法709条の不法行為の立証に関する「テレビ発火事件」(参考判例①)と称される判例にみられる。この判決は、仮に、「製品の性状が、社会通念上製品に要求される客観的な安全性を欠き、相当な危険性が残存すれば、その製品には欠陥がある」という見解をとり、この立場での「欠陥」を、「どのような危険を生じさせたのかという具体的な危険性、物理的、化学的要因」(物的な欠陥)から区別した。この言い回しは、製造物責任法のもとでも、「具体的な危険性、物理的要因、化学的要因」と欠陥の主張・立証責任の対象となる事実を要求しないとの整理につながる。また、この判決は、第2に、「物的な欠陥」から「引渡時の欠陥」を推認するという方法にも道を開いている。このようにして、欠陥についての主張・立証面での被害者の負担は軽減される余地がある。因果関係についても同様に考えることができる。 なお、製造物責任法3条に基づく請求を考えるうえでは、同条に基づく請求をすることのできる「損害」についても注意が必要である。同条本文によれば、損害賠償請求は、「引き渡した物の欠陥により人の生命、身体又は財産を侵害した」ことによって生じた損害である。これに対して、「その損害が当該製造物についてのみ生じたときは」、同条本文による請求は差抑えられる(同条ただし書)。本問では、Xへの健康被害が生じているため、このことは、同条ただし書に反する。 次に、こうして、製造物責任法3条に基づく損害賠償請求をされた「製造業者等」は、民法722条2項による過失相殺の抗弁(損害賠償義務の違反を理由とするものを含む)、判例によれば、民法4条1号に基づく「開発危険の抗弁」をなすことができるほか、製造物責任法4条1号に基づく「開発危険の抗弁」をなすことができるほか、製造物責任法4条2号・3号に掲げる事由を提出する余地がある。「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと」を内容とする抗弁である。もっとも、「認識可能性がなかったこと」が緩やかに解されてのでは、過失における「予見可能性」に近づき、「開発危険の抗弁」が「普通の抗弁」との変わりないものとなり、製造物責任を無過失責任として規定した趣旨に反する。それゆえ、同法4条1号を基準としている科学技術の基準については、製造業者の情報収集・研究能力いかんにかかわらず、引渡時点において入手可能な最高の水準のものが要求されているものと解すべきである。 なお、余力のある読者の方は、B・A・Cについて共同不法行為の成立する余地はないかどうかを検討しておればおもしろい(共同不法行為については→本書69頁参照)。 3 Dに対する請求:民法709条に基づく損害賠償請求 XがDに対して、自己の健康に対する侵害を理由として損害賠償請求をするには、Dに製造物責任法にいう「製造業者等」に当たらないゆえに、民法709条に基づく契約関係のない第三者への一般の不法行為による請求をすることになる。Xとしては、民法709条に基づいて損害賠償請求をするのである。損害賠償請求のためには必要な要件についても、証明を省略する。なお、Dからの抗弁についても、説明を省略する。 なお、B・A・Cへの損害賠償は、通説・判例によれば、不真正連帯債務となる。 4 Dに対するKの請求:契約不適合・債務不履行に基づく損害賠償請求 Kについては、自己に対し、直接的(かつ)に損害がない不適合があったことを理由として、損害賠償請求をすることができるか(564条・615条参照)。このときの要件(種類物売買における履行の提供が不完全)、Dからの反論の可能性などについては、本章の解説を参照されたい。 設問関連 本問について、Xから、さらに次のような質問があった。あなたとしては、どのように助言をするか。 (1) 「αから健康被害を受けた者は、私のほかにはいないようですが、このことは、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」 (2) 「実は、ここに相談に来る前に、私はαに似た電動ストーブを(あなたのいう化学物質や健康被害と疑われる症状はまったく同じです)D店舗の店員で相談したのですが、『βが原因で健康被害などありえません』といわれました。しかも、βについてはD店舗の保健所の苦情などで化学物質過敏症という症状を訴えている人は一人もいません」ともいわれました。このことは、私の損害賠償請求を認めてもらえるのでしょうか」 (3) 「化学物質過敏症という症状については、その定義をめぐって専門家の間でも確立していないとの記載もみかけますが、このこと自体、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」 (4) 「私が得ることができたであろう逸失利益(逸失利益)については、どのように算定されるのでしょうか」 また、同じく、Kから、さらに次のような質問があった。あなたとしては、どのような助言をするか。 (5) 「αから健康被害を受けた者は、Xのほかにはいないようですが、このことは、私の損害賠償請求するうえで、どのような意味をもってくるのでしょうか」 (6) 「βに契約不適合があるかどうか考えるうえで、決定的な要因は何でしょうか」 (7) 「私は、βの診療の際の医療費・交通費などを支払いましたが、これらの費用は、誰が、どういう理由で、誰に対して請求すればよいのでしょうか」 (8) 「私は、βを返して、別の電動ストーブをもらいたいのですが、それは可能でしょうか」 ●参考文献● ★新美育文・争点298頁/潮見佳男「『化学物質過敏症』と民事違法論」根岸季雄編『現代社会における責任』(有斐閣・2007)169頁/飯塚和之・リマークス36号(2008)55頁 (潮見佳男)
千葉恵美子・潮見佳男・片山直也編者『Law Practice 民法Ⅱ【債権編】〔第5版〕』
相談者への対応
法律相談を担当する弁護士、 特に若手弁護士が、 まず初めに困ることの一つとして、相談者とどのようにコミュニケーションをとり、限られた時間内で、いかに的確に事実関係等を正確に聴取していくかという点があげられる。影明能力及び理解力は相談者によってまちまちで、 年齢や性格等、多様な相談者の相談を受けることから、 相談者に合わせた対応が必要である。 対応の仕方を間達えると、 事実を正確に聴取することができず、誤った回答をしてしまったり、 正しい回答をしても相談者が誤解してしまったりすることもある。 さらに、聴き方・ 話し方によっては、 相談者を怒らせてしまうこともあり、いずれにしても、無用なトラブルを生じさせかねない。 以下では、相談者とのコミュニケーションのとり方ー般 (Q1) と相談者の属性に応した対応上の注意点 (Q2・ Q3)を取り上げたうえで、法律相談において生じることの多い、 悩ましいシチュエーションへの対応方法(Q4~Q9)を取り上げる。 さらに、あってはならないことではあるが、万が一、 間違った回答をしてしまった場合の対処方法(Q10) についても取り上げることとする。 (狩倉傅之)
「若手弁護士が法律相談で困ったら開く本 」狩倉博之 2023年
ISBN 9784313512108 C2032
相談者とコミュニケーションをとるコツは?
A:相談者の話をよく聴き、 丁寧にわかりやすく話すよう心がけ、相談者に寄り添う姿勢を持つようにする。 まずは、 相談者の話をよく聴くことが重要である。「なるほど」「そういうことなのですね」 といった合いの手を入れると、 きちんと聴いていることが伝わりやすい。 また、 丁寧にわかりやすく話すことで、 言っていることを正確に理解してもらうことも必要である。 相談者の中には、 法律相談が初めてで、 「このようなことを話していいのだろうか」 と思っている場合もある。 相談内容と事実関係を正確に把握するためには、 相談者の遠慮を取り除くことが重要である。 相談者が遠慮せずに話ができるよう、 法的に関係のない話をし始めたような場合でも、 直ちに制止したり、 否定したりするのではなく、 相談者の話に耳を傾けつつ、 軌道修正をしながら必要な事実を聴き取るようにする。 それにより、 重要な事実を聴き漏らすことを防止することにもつながる。また、 法的に認められないことであっても、 その理由を丁寧に説明し、 相談その理解を得るようにするべきである。 相談者に寄り添う姿勢が大切である。 (木村 悠博之)
「若手弁護士が法律相談で困ったら開く本 」狩倉博之 2023年
ISBN 9784313512108 C2032
高齢者からの相談での注意点は?
A:大きくはっきりとした声で、 ゆっくりと話すようにする。 また、相談者の判断能力の有無 ・程度に注意を払い、 判断能力の有無・程度に応じた対応をする必要がある。 高齢の相談者は、 聴力や判断能力が低下している場合がある。 相談者が正確に聴き取ることができ、 理解できるように、、 大きな声ではっきりと、またゆっくりと話すようにする。 判断能力の低下が窺われる場合には、 通常の場合以上に難しい言葉を使うことは避け、 できる限りわかりやすい言葉で、 相談者が話を理解できているか否かを常に確認しながら相談を進めるようにする。 また、 判断能力を欠いていることが疑われる場合には、 相談者の話をそのまま真に受けることはせず、 丁寧に話を聴きつつも、 事実と判断してよいかを客観的かつ慎重に検討・評価する必要がある。 後日、 相談者から 「間違った説明をされた」といった苦情を受けないよう、確実なことのみを端的に回答し、 メモを取ってもらうといったことや、再度、親族等と一緒に相談に来てもらうように勧めるといったことが必要な場合もある。 (木村 悠。倉博之)
「若手弁護士が法律相談で困ったら開く本 」狩倉博之 2023年
ISBN 9784313512108 C2032
